※本記事は、YouTube動画の内容をもとに文字起こしを行い、話し言葉や誤変換を整理したうえで、要点が伝わるようにまとめています。
内容理解を目的としており、発言をそのまま再現したものではありません。
この記事はアフィリエイト広告を利用しています。
『世にも奇妙な人体実験の歴史』は、よくある残虐な人体実験の話ではなく、医者たちが自分の体や危うい手法まで使いながら医学を前に進めていった過程をたどる本です。この記事では、その中でもとくに強烈な存在として描かれるジョン・ハンターのエピソードを中心に、18世紀ヨーロッパ医学の実態を追っています。
当時の医学がどれほど非科学的だったのか、なぜ解剖や人体実験が医学の転換点になったのか、そしてジョン・ハンターが医学の発展に大きく貢献しながら、同時に善悪の境界を揺るがす存在でもあった理由まで、本文の流れに沿って整理しています。
『世にも奇妙な人体実験の歴史』は、よくある人体実験モノとはちょっと違う

こんばんは。岡田斗司夫チャンネル、アップグレード動画の時間です。
今夜は、特定の本について紹介したゼミを再配信します。今日紹介するのは、『世にも奇妙な人体実験の歴史』という本です。
人体実験というと、都市伝説とかによくあるような、戦時中に捕虜を人体実験したとか、人間としての道を踏み外したマッドサイエンティストとか、そういう話を思い浮かべる人も多いと思うんですけど、今回紹介する本に出てくるのは、基本的に自分の体を実験台にして、医学の発展のために無茶苦茶な人体実験をした、そういう良心的なんだけど結構無茶な医者たちの話なんですね。
どんな偉人たちがどんな無茶をやったのか。彼らのチャレンジ精神が、実は現代の僕らの健康とか生命とか、そういうものにどう繋がっているのか。寿命なんて本当にこの100年ぐらいで倍ぐらい伸びてるんですけど、そういう話をしていこうと思います。
とはいえ、今回の無料放送では、18世紀ロンドンで実在した解剖の天才、ジョン・ハンターの話だけでほとんど終わっちゃってるんですね。とにかくこのジョン・ハンターの話があまりにも面白い。ジョン・ハンターの部分って本の中では18ページしかないんだけど、もうニコ生3回分くらい取り上げられるくらい面白すぎて。僕、『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』という、ジョン・ハンターだけを書いた本も読んだけど、こっちもめちゃくちゃ面白くて、本当に今週は本を読むのが止まらなかったんだけど。
まあまあ、じゃあ、どんな話かからやっていこうか。
18世紀ヨーロッパの医学は、実は全然「科学」じゃなかった
18世紀の終わりから19世紀というのは、一般には科学の時代と言われています。18世紀の後半くらいから本格的にヨーロッパ社会が科学時代に入っていったんだけど、唯一、医学のみが遅れてた。医学が、実は科学の中では一番、実用という意味で遅れてたんだよね。
『ターヘル・アナトミア』、『解体新書』というのがあるじゃないですか。『解体新書』が日本で訳されたのが1777年。杉田玄白はこれを見て、「ああ、日本の医学は遅れてる!」って思ったわけです。でも、とんでもない。実は杉田玄白が翻訳した時代の18世紀ヨーロッパは、いまだに紀元2世紀、ローマ時代の医者ガレノスの、間違った医学を信じてたわけだよね。
ガレノスは、医学の父とまで言われる人物なんだけど、生涯、人間を解剖したことがなかった。全部、動物しか解剖していなかったんだよ。この臓器があって、たぶんこういう役割だろう、というのを動物から推測して、それを人間の医学として書いていた。
しかもガレノスは、ギリシャ時代の四体液説を信奉していた。人間には胆汁とか血液とか、4種類の液体が流れていて、そのバランスの狂いで病気になる、という学説だよね。だから動物を解剖しても、最初から「四体液説が正しい」という前提で見ちゃう。見たものを観察してるんじゃなくて、信じてる理論に合わせて解釈してるわけだ。
だから、18世紀のヨーロッパでは、医学書を読んでいる人は多くても、ほとんどの医者がガレノスと四体液説を信じ切っていた。最新の科学的成果が、まだまだ医学の世界には降りてきていなかった。
当時の医者は「患者を触らない人」で、外科は床屋の仕事だった
舞台となるイギリスでも、杉田玄白並みの知識を持っている医者なんて、ほとんどいなかった。なぜかというと、18世紀当時の医者の試験というのは、ラテン語の面接だけだったんだよね。つまり、ガレノスの本をラテン語で読めるか、その学説を口で説明できるか、それだけでほとんどOKみたいな状態だった。
当時のヨーロッパで「医者」というのは内科医のことだった。患者を触ったりしない。そういうことをするのは下賤な人間の仕事だと思われていたから、脈を取るのも下男や付き人がやったりする。それを聞いて、頭の中でガレノスの学説に当てはめて、「じゃあこの薬を出しましょう」と言って、本当に効き目のない薬を出すのが医者だったんだよね。
一方で、患者の体を実際に切ったり血を抜いたりするのは、床屋外科組合に属する床屋たちの仕事だった。瀉血ってあるじゃないですか。「悪い血が溜まってるから血を抜けば治る」というやつ。あれをやるのが床屋外科だよね。日常的にナイフとかカミソリを扱い慣れてるから、外科処置も床屋がやっていた。
内科医が出す薬も、ほぼ下剤と嘔吐させる薬と水銀くらいしかなかった。水銀なんて、もちろん体にいいわけがなくて、歯が抜けたりいろんな悪いことが起こる。それでもダメなら床屋が呼ばれて血を抜かれる。これが当時のお医者さんでした。
正しい学説が出ても、現場は変わらなかった
17世紀には、ウィリアム・ハーヴィーが血液循環説を唱えているんです。悪い部分の血なんてない、全身の血は心臓から始まって心臓に戻ってくるんだ、と。だから腰が悪いから腰の血を抜く、なんて意味がない。
ところが、みんなそれを読んでいても、結局はガレノスを信じちゃってる。聖典みたいなものが先にあって、新しい本は異端かもしれないという感覚なんだよね。だからハーヴィーが血液循環説を出してから100年後の18世紀ロンドンでも、多くの医者や外科医は「悪い部分の血を抜く」という治療法で患者の命を縮めていた。
つまり、内科医にかかると毒薬を処方される。外科医にかかると気を失うまで血を抜かれる。本当に気を失うまで抜いて、気を失わなかったら「もっと抜いてください」と患者が言ってた時代なんだよね。
だから大半の人は、医者にかかると死ぬと思っていた。庶民だってバカじゃないから、医者にかかった方が体が悪くなるっていうのはだんだんわかってきたので、民間療法ばっかり試していた。新聞には「これにも効きます、あれにも効きます」という怪しげな薬の広告がいっぱい載っていたし、後のコカ・コーラが最初は薬として広まったのも、そういう土壌があったからなんだよね。
つまり、杉田玄白の憧れた西洋医学というのは、ごく一部の限られたものであって、当時の一般的なヨーロッパ医学よりは、漢方薬学と蘭学が混ざった日本の方がマシだったかもしれない、と僕は思っています。
ジョン・ハンターは、医学を飛躍させたけど善悪がわからなくなる男だった

そういう18世紀の医学界を根本的に変えちゃった人が、この本に出てくる最初の人、ジョン・ハンターです。
この人、とにかく面白い。面白いんだけど、読んでると善悪の感覚がどんどんおかしくなってくる。現代の僕らの医学にめちゃくちゃ貢献している一方で、「いや、それは洒落にならないだろ」ということも平気でやる。その両方が同時にあるんだよね。
自分の体で性病を試した、最悪の実験
ハンターが自分に対して行った人体実験で有名なのが、性病の実験です。
当時のヨーロッパはセックス革命の真っ最中で、性病が大流行していた。医者にかかる患者の4人に1人が性病だったとも言われていて、しかも「性病を治してください。ついでに惚れ薬はありませんか?」と聞くのが当たり前みたいな時代だった。
性病には淋病と梅毒があった。ジョン・ハンターは、「淋病は命に関わらず自然に軽快する。しかし梅毒は放っておくと死ぬ病気だ」と考えていた。そして実際に、淋病患者を2つのグループに分けて、一方には偽薬、もう一方には淋病に効くとされる薬を与えてみた。すると両方とも同じように数週間で治っていった。そこでハンターは、「やっぱり淋病は健康にしていれば自然に軽くなる」と考えたわけだよね。
問題はその次です。ハンターは、「淋病が進行すると梅毒になるのではないか」と考えた。今では完全に否定されているけど、当時はまだわからない。じゃあどうやって確かめるか。健康な人間に淋病を移して、それを放っておいて梅毒になるか観察すればいい。
そんな危険な実験に使えるのは、自分の体しかない。そう思ったハンターは、自分のおちんちんにナイフで傷を入れて、その傷口に淋病患者の膿を塗りこんだ。毎日観察しながら、薬も飲まない、不健康な生活もする。すると何週間か後に、梅毒の症状が出た。
ハンターは「やったー! 俺の思った通りだ!」と喜んだらしいんだけど、これは大間違いだった。彼が使った患者が、たまたま淋病と梅毒の両方にかかっていただけだったんだよね。ハンターはその両方を自分に移してしまった。ペニシリンのない時代だから、その後一生、梅毒に苦しんだ。
必要もないのに、自分を使った人体実験で梅毒にかかって生涯苦しむ。それくらい、この人にとっては当たり前のことだったわけです。
解剖の世界に入るまでと、妊婦の解剖図が与えた衝撃
このジョン・ハンターの面白伝説は、まだ序章なんだよ。
『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』の表紙に、臨月直前の女性の子宮の中に胎児が入っている解剖図が載っているんだけど、これが当時の医学界に衝撃を与えた。ギリシャ時代の学説では、胎児って「小さい人間がそのまま入っていて、それが大きくなる」と思われていたんだよね。でも実際には、初期はトカゲみたい、魚みたいな姿から始まって、徐々に手足が分かれ、人の形になっていく。その過程が段階ごとに図版化された。
なぜ衝撃だったのかというと、妊娠した女性の解剖なんて、ほとんど不可能だと思われていたからです。合法的に解剖できるのは死刑囚の遺体だけ。でも妊婦は当時、法律上死刑にされなかった。しかもキリスト教社会では、解剖された死体は最後の審判の日に復活できないと信じられていたから、遺族は絶対に解剖なんてさせたがらない。そもそも死体自体が手に入りにくいのに、妊婦の死体なんてなおさら手に入らない。
そんな中で、妊娠初期から臨月直前までの段階ごとの解剖図がある。そんなの、偶然何体も手に入るはずがないんだよね。
その裏側で動いていたのが、ウィリアム・ハンターの弟、ジョン・ハンターだった。ジョンは20歳になるまでスコットランドの田舎でブラブラしていた、学校中退で資格もない、ほとんどニートみたいな若者だった。でも、おしゃべりが上手で、人に好かれる性格だった。ロンドンで解剖学教室を大繁盛させていた兄ウィリアムは、そのジョンを呼び寄せて、死体調達の役目を任せたわけだよね。
墓荒らしの世界に入り、ついにはボスになった
当時、解剖学教室を維持するには、とにかく新鮮な死体が必要だった。死体は1週間もすると解剖に向かない状態になるし、教室は毎晩ある。だから最低でも週1回は新しい死体がいる。
合法的に手に入る死刑囚の死体だけでは足りない。そこで必要になったのが、非合法な死体調達、いわゆる墓荒らしだよね。
ジョンは怪しげな酒場に行って、その日の晩にはもう墓掘りの盗賊たちと仲間になっていた。そしてすぐに自分でも墓荒らしに参加するようになった。墓荒らしにはルールがあって、まず狙うのは貧乏人の墓。浅く埋められていて、棺も安物だから掘りやすい。次に、死体は必ず丸裸にして盗む。なぜなら、ハンカチ1枚でも身につけたものを盗むと窃盗罪で死刑だけど、死体そのものには所有者がいないので窃盗罪にならないから。さらに、掘り返した墓は必ず埋め直す。そしてなるべく葬式の当日の晩に盗む。他の墓荒らしに先を越されるからね。加えて、墓場には縄張りがある。他所の縄張りを荒らすと暴力沙汰になる。
ジョン・ハンターは、この墓荒らしの世界の中に入っていって、あっという間に有名になり、ついには当時のロンドン最大、つまり世界最大の墓荒らし組織のボスになってしまった。何かね、望んでないことをやっちゃうのがジョン・ハンターなんだよ。何事も徹底してやるんだよね。
死体調達の拡大と、ロンドン怪奇イメージの誕生
でもジョンのすごさは、死体を盗むことじゃない。解剖そのものにも圧倒的な才能があった。
皮膚を切り、筋肉を一つ一つ分け、乾燥させてニスを塗って標本にする。血管には蝋や染料を流し込んで、絵描きに正確なデッサンをさせる。もともと手先が器用だったんだろうけど、かなりのベテラン解剖医よりも上手かった。お兄さんのウィリアムは、ついには解剖も標本作りも講義も全部ジョンに任せてしまう。自分は社交界に出て、内科医としてキャリアを築きたいからだよね。
つまり、最初に紹介した妊婦の解剖図ができたのは、このジョン・ハンターの天才的な解剖術があったからなんだ。
さらにジョンは、墓を掘る以外の死体入手法もどんどん開発した。葬儀屋を買収して、葬式が終わった時点で棺の中身を石ころと交換する。遺族は石ころの入った棺を泣きながら埋めるだけで、死体は葬儀屋の裏から回収される。しかも運ぶときは、そのままだとバレるから、切り分けてカゴや箱に入れて郵便や馬車で送る。田舎で手に入れた死体を壺や箱に詰めて運ぶことまでしていた。
当然、途中で見つかる。箱の蓋が外れたら人間の手足が入っていたとか、カゴにもたれたら中に死体があったとか、そんな事件が連発した。新聞はそれを「ロンドンでまたバラバラ死体発見!」と報じる。解剖用死体の輸送だとは思わないから、ロンドンは恐ろしい変態殺人鬼だらけの都市だというイメージが広がっていく。
18世紀ロンドンで怪奇小説が流行り、イギリスがミステリーの本場になった背景には、こういうジョン・ハンターの死体ルートが誤解されて広まったこともあるんだよね。後にハンター兄弟の屋敷は、『ジキル博士とハイド氏』のモデルの一つにもなったと言われる。表側ではウィリアムが社交界の紳士として客を迎え、裏側では血まみれのジョンが死体を処理している。こんな二重構造の家があったら、そりゃ近代ホラーも近代サスペンスも生まれるよ。
妊婦の死体収集と、医学を進めた功罪
ある日、ジョン・ハンターのところに、出産直前の女性の死体が手に入った。解剖してみると、中には完璧に生まれる状態の胎児が入っていた。兄のウィリアムは驚いて、「妊娠の各段階の図解を載せた論文を出せば医学界は大パニックになる」と考える。
でも、そんな都合よく各段階の妊婦の死体が手に入るわけがない。そこでジョンは、自分の窃盗団にも、対立する他の窃盗団にも、「妊娠している女性が死んだら、イギリス中どんなに遠くても取りに行け」と命じる。値段は問わない、入手経路も問わない、と。
そうすると、徐々にどうやって入手したのかわからない死体が集まりだす。死刑囚の死体が理想的なのは、健康なまま処刑された遺体だから解剖学の標準にしやすいからなんだけど、妊婦は死刑にならない。なのに、明らかに健康なのに死んだ妊婦の死体が集まる。入手経路はどう考えてもグレーどころか真っ黒なんだよね。
当時の新聞には、解剖用死体を得るために人を殺した「バークとヘアー」みたいな事件まで載っている。墓荒らしだけでは需要を満たせなくなって、ついには殺人にまで発展した。おそらくジョン・ハンターのもとに届いた死体の中にも、そういう事件性のあるものが含まれていたに違いないと僕は思っている。
しかし、こんなことを言ってもどうしようもないんだけど、この解剖図が発表されてから医学は飛躍的に進歩した。ギリシャ・ローマ時代の当てにならない医学書から、現実の人体へと目が向くようになった。結果として、出産で死ぬリスクも劇的に下がっていった。
このへん、本当に善悪がわかんなくなるんだよね。
歯の移植実験までやって、近代歯科医学の基礎を作った
ジョン・ハンターの話は本当はまだまだあって、ヤギの頭に水牛の角を埋めたとか、鶏のトサカに人間の歯を移植したとか、世界初の人工授精まで成功させている、とんでもない男なんだけど、その中でもわかりやすいのが歯の移植です。
それまでの歯医者というのは、悪くなった歯をとりあえず抜くくらいしかできなかった。抜いた後は象牙や金属で作った人工歯を入れるんだけど、そんな差し歯は数ヶ月しか持たない。
ジョンは、組織は移植できるんじゃないかと考え始めた。もちろん当時は免疫なんて全くわかってないから、失敗も多い。でも、たまに成功する。じゃあなぜ成功するのかを解明しようとしたわけだよね。
その中で、少なくとも「引っこ抜いた瞬間の歯は植えやすい」ということがわかった。健康な歯を抜いて、できるだけ早く、できれば1分以内に、虫歯などで歯を抜いた人の穴に差し込む。すると、それが移植として成功することがある。数ヶ月どころか、数年もつ。人によっては5年、10年もった例があるそうなんだけど、これが近代歯科医学の基礎になったと言われている。
ただ、そのために犠牲になったのが近所の子供たちだった。いろんなサイズの歯が必要だから、最初は死体から歯を抜いていたんだけど、やっぱり生きてる人間から抜きたてが一番いいということになって、子供たちを大量に募集した。
毎日毎日、ジョンの家の前には子供たちが行列していた。金持ちの患者が来ると、ふかふかのソファーに座らせて歯のサイズを見る。ジョンは行列の中から名前を呼んで、「よし、ウィリアムいるか?」とやる。返事をした子供を呼び寄せて、まず金持ちの患者の歯を抜く。次に子供の口を開けさせて歯をズボンと抜く。それを金持ちの口にグッと移植する。そして子供に数ペニー渡して、「はい帰れ! はい次!」ってやる。
近所の人が見ていた「ハンターさんの家のいつものあれ」は、貧乏な子供たちが口から血を流して、半泣きでお金を握りしめて家に帰る光景だったそうなんだよ。
もう本当にね、この本を読んでると善悪がわかんなくなる。だって、それのおかげで近代的な医学なり歯医者が進歩して、俺らはあんまり痛くない歯の治療をしてもらえるようになった。一方で、当時の貧乏人の子供たちは、それぐらいしか稼ぎ方がなかった。分かっていながら、「ちょっとこれは洒落にならないよな」という話の連続なんだよね。
しかし、今回のテーマは自分を犠牲にした人体実験の話なんで、ジョン・ハンターのエピソードはこれぐらいにしておきます。本当はまだまだあるんだけど、とにかく、18世紀の医学を飛躍的に進歩させた中心に、こういう善悪の境目がぐらつくような変人がいた。そこがこの本のいちばん面白いところなんじゃないかと思います。
OTAKING / Toshio Okadaをもっと知りたい方へ
まずはここから。
岡田斗司夫ゼミの無料・限定・プレミアムの違いを、はじめての方にもわかりやすくまとめています。
元動画はこちら
こちらが、今回の記事の元になったYouTube動画です。
要点だけでは伝えきれない話し方や空気感もありますので、
気になる方はぜひ動画の視聴やチャンネル登録をお願いします。
