※本記事は、YouTube動画の内容をもとに文字起こしを行い、話し言葉や誤変換を整理したうえで、要点が伝わるようにまとめています。
内容理解を目的としており、発言をそのまま再現したものではありません。
この記事はアフィリエイト広告を利用しています。
『君たちはどう生きるか』は、事前情報ゼロで観る価値があるのか、なぜここまで評価が割れているのかが気になる作品です。この記事では、ネタバレなしで、その戸惑いの正体と、この映画をどう受け取ればいいのかを整理します。
タイトルから想像されがちな“説教映画”ではないこと、エンタメとしてではなく“読む映画”“アニメで作られたアート”として見ると印象が変わること、そして昔の宮崎駿作品と同じ期待で観るとズレやすい理由まで、作品の見どころと注意点をまとめています。
『君たちはどう生きるか』は、事前情報ゼロで観る価値があるのか

今回は『君たちはどう生きるか』について、無料パートではネタバレなしで話していきます。事前情報ゼロで観たほうがいいのか、なぜ評価がここまで割れているのか、そのへんを中心に整理していきます。
まず結論から言うと、僕はこの映画、絶対に観たほうがいいと思っています。ただし、誰にでも無条件ですすめられるタイプの映画ではないです。採点するならギリ90点。88点とか89点かなと思いながら、それでも90点をつける感じですね。
なぜかというと、僕が好きなタイプの映画とはちょっと違うからです。僕が好きなのは、たとえば最初のテレビ版『ガンダム』みたいに、子供向けのエンタメという制限の中で、職人がものすごく頑張っている作品なんですよ。ラーメン屋で800円、ハンバーグ屋で1200円、その枠の中でどう工夫するのか。そういう制限の中での仕事に、僕は美しさを感じるんですね。
でも今回は、そういう意味での「エンタメと中身の両立を狙った宮崎映画」ではない。だから僕の好みど真ん中ではないんだけど、それでも絶対観たほうがいい作品ではある。そういう90点です。
そして、できるだけ何も知らずに観たほうがいい。これは本当にそう思います。だから今日の無料パートも、なるべくネタバレなしで話します。
ただ、ここが難しいところで、みんな時間もお金も無限にあるわけじゃないですよね。完全に事前情報ゼロで行って、自分に合うかどうかもわからない。しかも僕が「100%エンタメではない」と言ってる。そりゃビビる気持ちはよくわかるんですよ。
だから、この作品を「完全にまっさらで観たい」という人は、ここまでで止めたほうがいい。一方で、「最低限のガイドラインが欲しい」という人には、この先の話は役に立つと思います。
タイトルから想像するような“説教映画”ではない
まず、見に行かないと言っている人がけっこういたんですけど、その理由のひとつが「説教されそう」なんですよね。タイトルが『君たちはどう生きるか』だから、「うわ、なんか人生論を食らうのでは」と思っている人がいた。
でも、そんなはずないじゃないですか。宮崎駿って、インタビューでは説教するんですけど、映画で説教していたのって、せいぜい『ラピュタ』とか『トトロ』あたりまでですよ。それ以降、『ポニョ』にもないし、『紅の豚』にもないし、『ハウル』にもない。『千と千尋』にも別に説教なんてない。
だから、「宮崎駿の映画は説教臭い」というのは、多分もうだいぶ昔の印象に引っ張られてるだけなんですね。今回も、そういう映画ではありません。
クリエイターの夢だった“完全な事前情報ゼロ公開”が実現している
今回の公開の仕方って、クリエイターなら本当はみんなやりたいことなんですよ。タイトルだけで、できればイメージ1枚くらいだけで、何も知らないまま観てほしい。これは全作家、全漫画家、全映画監督が憧れるやり方だと思います。
僕自身、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の時に本当はそれをやりたかった。できるだけ情報を出さずに、何も知らないまま映画館に来てほしかったんです。でも当時は絶対に無理だった。宣伝は「ナウシカ路線」でやられるし、全然違う方向へ持っていかれるし、こっちが止めても押し切られる。
でも、宮崎駿ならギリギリそれができるんですよ。「宮崎駿の新作です」だけで、客が入る。現に映画館には人が入っている。これはもう、長年エンタメ作品を作ってきた宮崎駿への、ご褒美みたいなものだと思えばいいんじゃないでしょうか。
だから、せっかくこんな珍しい公開のされ方をしてるんだから、行ける人はできるだけゼロで観てほしい。そういう価値のある一本なんです。
なぜ評価がここまで割れるのか

この映画、ものすごく評価が割れてるんですね。よくある「ちょっと賛否あります」みたいなレベルじゃなくて、かなりはっきり割れている。
でも、これって単純に「面白い」「つまらない」だけじゃないんですよ。整理すると、だいたい四つの反応に分かれます。
ひとつは、「分かったし面白い」。これは絶賛している人の中心です。
次に、「分かったけど面白くない」。これは否定派のかなり大きな中心です。
それから、「分からないけど面白い」。この人たちはたぶん、もう一回観に行こうとなる。
最後に、「分からないし面白くない」。このタイプの人は、案外あまり表で発言しないんですね。
さらに、ここにもうひとつ、「すごい」「すごくない」という軸が入ってくる。たとえば、「分かったし面白いけど、でもこれまでの宮崎駿作品ほどすごくはない」という人も結構いる。この人たちは、好きではあるんだけど「傑作とまでは言えない」と感じているんです。
だから、評価が割れている理由は単純じゃない。「理解できたかどうか」と「面白かったかどうか」と「すごいと思えたかどうか」が、それぞれ別々に動いている。そこがこの作品のややこしいところなんですね。
この作品はエンタメというより“読める映画”であり、アニメで作られたアートである

ジブリとしては珍しく、“見る”より“読む”作品になっている
この映画、ジブリ作品としてはかなり珍しく、「見る」作品というより「読む」作品なんですよ。
これまでも『アリエッティ』とか『思い出のマーニー』みたいに、読める要素を持った作品はありました。でも、それでも表面上の構造は、子供でも追えるようなエンタメになっていた。ところが今回は、わかりやすいテーマが表に出ていないし、宣伝側もガイドラインを用意していない。「生きろ」とか「生きねば」みたいな、テーマを一言で示す補助線すらないんです。
つまり、観客が自分で読み取るしかない。これは、ジブリ映画としてはかなり特殊です。
なので、純粋に「楽しい冒険活劇が見たい」と思って行くと、たぶん戸惑います。家族みんなでワイワイ観る映画ではないし、少なくとも子供を連れて行く映画でもない。そういう意味では、かなり人を選ぶ作品です。
「分からない」のではなく、最初から“分かるように作っていない”
この映画について、「分からない」という感想がたくさん出ているんですけど、正確には「分からない」のではなくて、「分かるように作っていない」んです。
そこを履き違えると話がおかしくなる。
しかも、宮崎駿本人ですら「自分でもわけがわからないところがある」と言っている。これ、すごいことなんですよ。普通は映画って、作る側がある程度整理して、わかるようにしてから出すものなんです。でも今回は、その整理をしきらないまま、あるいはあえてしないまま、出してきている。
だから、整合性よりも、頭の中にあるイメージや感触のほうが優先されている。説明できないものを、説明できないまま出してきている。それがこの映画の異様さなんです。
アートとして観ると、むちゃくちゃ面白い
この作品、エンタメとして見ると戸惑う人が出るのは当然なんですけど、アートとして観るとめちゃくちゃ面白いんですよ。
僕にとってアートというのは、すごく面白い形をした鏡なんです。立体だったり平面だったりするけど、要するにその作品を見ると、自分が映る。自分がどう見えるか、自分が何を感じるか、自分がどこに引っかかるかが見えてくる。そういうものがアートなんですね。
だからアートって、見る側の理解とか解釈を要求するんです。直感で「すごい」と思う人もいるし、勉強して面白がる人もいる。どっちでもいい。でも、「これはこういう意味かもしれない」と考えるところまで含めて鑑賞なんですよ。
そして、アートに慣れている人は知っているんです。万人に通じるアートなんて存在しない。100人のアート好きがいたら、100人全員が同じ作品に同じように反応するわけじゃない。感性もセンサーも違う。だから、「なんでこの作品が素晴らしいんですか」と聞かれても、最終的には「私にとっては素晴らしい」としか言いようがない。
『君たちはどう生きるか』って、まさにそういう作品なんですね。アニメで作られたアートなんです。だから、アート的な作品に慣れている人にはウケるし、エンタメを期待して来た人には「なんだこれ」となる。評価が割れるのは、むしろ当然なんですよ。
映画、とくにアニメでは本来すごく作りにくいタイプの作品
しかも、これをアニメでやっているというのがすごい。
映画って共同作業だから、そもそもアート的な作品を作りにくいんです。予算がかかるし、プロデューサーにも説明しなきゃいけないし、スタッフとも共有しなきゃいけない。説明すればするほど、その説明した言葉にみんなが引っ張られてしまって、最初にあったはずの「自分でもよく説明できないけど、これをやりたい」が削られていく。
実写映画なら、まだ偶然があるんです。天気とか、俳優の演技とか、想定外のものが入り込む余地がある。でもアニメはそうじゃない。全部決めて、秒数まで決めて、予定調和で作っていく。だから、本来アニメってアートに向いてないんですよ。
それなのに今回は、できちゃった。そこがこの作品の特異さなんです。
作画の“魔法の粉”は薄れたが、その代わりにジブリ作品のパレードになっている

ここは文句を言いたいポイントでもあるんですけど、今回、宮崎駿がこれまでみたいにガンガン原画を直している感じが、あまりないんですよね。
昔の宮崎駿って、部下の描いた絵を見て、「こんな動きするわけないじゃないですか」って言いながら、自分で全部描き直していた。迷惑といえば迷惑なんだけど、そのおかげで映画全体に“魔法の粉”が振りかかっていたんです。飛翔感とか、画面の説得力とか、そういうものが出ていた。
今回は、その魔法の粉がかなり薄い。冒頭5分から10分くらいは腰を抜かすほどすごいんですけど、それ以降は「いいね、いいね」くらいで、「うわ、何これ!」という衝撃が最後まで続く感じではなかった。
ただ、その代わりに何があるかというと、これまでのジブリ作品のパレードなんですよ。ディズニーランドのパレードみたいなものです。いろんなジブリ作品の記憶やイメージが、次々にやってくる。ジブリファンが見たら、そこはたぶんかなり楽しい。
でも、パレードって、やっぱり本編そのものほどすごいわけじゃないんですよ。『トイ・ストーリー』のパレードは楽しいけど、『トイ・ストーリー』本編そのものよりすごいわけじゃない。思い出させてくれてありがたい、という感じなんです。
だから、ジブリファンには嬉しいし、満足感もある。でも、それを褒め言葉としてだけ言うのは違う。僕はそこに、少し物足りなさも感じています。
宮崎駿は“整え切った作家”ではなく、“矛盾を抱えたまま出す作家”になった

今回、公開前後から感じるのは、いわゆる昔ながらの宮崎駿像でこの映画を見ると、たぶんうまくいかないということです。
これまでの宮崎駿だったら、絵コンテや打ち合わせの段階で、作品の中の矛盾はかなり整理されていたんですね。キャラクターの意味も、象徴の働きも、ある程度は統一されていた。でも今回は、そうなっていない。
だから、「このキャラは鈴木敏夫だ」「この人物は宮崎駿だ」みたいな当て物がいっぱい出てくるんですけど、全部どこかで矛盾する。当たり前です。宮崎駿自身が矛盾しているからです。
でも、今回はその矛盾を消そうとしていない。整合性を上げるよりも、矛盾したまま出すことを選んでいる。それはレベルを下げたという意味ではなく、優先順位を変えたということなんですね。
だからこの作品、解釈には向いていそうで、実はあまり向いていない。きれいに一つの答えへまとめるのには向いていないんですよ。むしろ、「宮崎駿の夢の話を聞いている」くらいの距離感がちょうどいい。「ああ、これはたぶん母親との関係が出てるんだろうな」くらいで受け取るのが、一番しっくりくる。
“新しい宮崎駿”として見たほうがいい
それともうひとつ面白いのが、今回の宮崎駿って、昔ながらの「エプロンしてガハハ」の宮崎駿じゃないんですよ。頭の中の宮崎駿像を、みんなちょっと変えたほうがいい。
茶髪で、パーカー着てて、ちょっとファンキーで、アーティストっぽいことを言うじいちゃん。そんな感じで見たほうがいいと思うんです。具体的に茶髪にしたわけじゃないですけど、イメージとしてはそれくらい変わってる。
高畑勲を追いかけてきた宮崎駿が、今回は「いや、庵野秀明とか新海誠みたいなアニメも意識しなきゃいけないんじゃないか」と思って、晩年になってちょっともがいている。そのあがきが、なんだか可愛いし、面白いんですよね。
だからこれは、昔の宮崎駿の延長ではなく、“新しい宮崎駿”の第一作として見たほうがいいんです。
これは失敗作ではなく、巨大な実験作である

興行的にはヒットすると思います。ただ、大ヒットするかどうかは微妙です。今は満員でも、長く広く伸びるタイプかというと、そこはちょっと怪しい。
なぜかというと、これはアートにはなったけど、エンタメにはなり切れなかったからです。
だから僕は、これを失敗作とは言いません。壮大な実験作です。宮崎駿にみんなが期待しているのはエンタメだから、そこに戸惑いが出るのは当然なんですね。
文句を言いたいポイントもあるんですよ。ギリ90点なのは、やっぱりイメージを絵にする力が少し弱まっているからです。スタッフともっと整理しながら作っていたら、もっと強い画面になったかもしれない。でも今回は、まだ発酵しかけている思いつきの段階のものまで、そのまま映像化している。だから、完成された強さよりも、生っぽい揺れのほうが前に出ている。
ただ、それは今の宮崎駿だからこそできる体制でもあるんですよね。80を超えた人が、昔みたいに怒鳴って全部描き直すなんてできるはずがない。そういう意味では、今の宮崎駿にできるやり方で作られた作品なんです。
そして、この作り方なら、むしろ量産できるかもしれない。僕は、もう次を作り始めているんじゃないかとすら思っています。新宮崎駿の作品、これから2年に1本くらい見られるんじゃないか。そんな予感すらあります。
なので、昔の宮崎作品みたいな、完璧なエンタメの切れ味を期待するとズレる。でも、年老いた巨匠が、なお新しい表現に手を出して、しかもアニメでアートを作ってしまった。その無茶と面白さを味わう作品として観るなら、これはやっぱり観ておいたほうがいい一本です。
OTAKING / Toshio Okadaをもっと知りたい方へ
まずはここから。
岡田斗司夫ゼミの無料・限定・プレミアムの違いを、はじめての方にもわかりやすくまとめています。
元動画はこちら
こちらが、今回の記事の元になったYouTube動画です。
要点だけでは伝えきれない話し方や空気感もありますので、
気になる方はぜひ動画の視聴やチャンネル登録をお願いします。
