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ブラナウシカという視点で見る『風の谷のナウシカ』

ブラナウシカという視点で見る『風の谷のナウシカ』

本当によくできたアニメというのは、画面に出てくるものすべてに意味があるんですね。

実写映画とは違って、アニメは「何を映すか」を完全に画面内で制御できる。それがアニメの特性です。だから、作り込まれたアニメというのは、数秒ごと、もしくは数コマごとに停止して見ても、解説すると新しい面白さが発見できます。

今回は「ブラナウシカ」と題して、ナウシカの舞台となる腐海や風の谷について、実在する土地を旅するような感じで見ていきます。

ナウシカの設定というのは、僕らが考えているよりかなり作り込まれています。ただ、その作り込まれた設定は、映画の中で全部は説明されないんですね。チラチラチラと、ワンカットだけ登場する。不思議な風景や、ちょっとしたオブジェに、実は背景や歴史がある。

ユパ様という、腐海の歴戦の戦士でありながら、その謎を解き明かそうと放浪しているキャラクターの目を通じて、腐海とはどんな場所なのか。そして、その毒の森に侵されそうになりながら、風の谷の人たちはどうやって暮らし、どうやって生き抜いているのか。そのディテールを見ていきます。

腐海に沈む村が見せる、ナウシカ世界の残酷さ

腐海に沈む村が見せる、ナウシカ世界の残酷さ 雪ではなく、菌類の胞子が降っている 冠をかぶった白骨と「また村が一つ死んだ」 子供の人形が示す、どこにでもあった幸せの喪失 冒頭で悪に見えた腐海が、ラストでは美しく見える

雪ではなく、菌類の胞子が降っている

『風の谷のナウシカ』の一番最初のカットは、砂塵の中を歩くユパと、鳥馬と呼ばれる生物から始まります。

ここで画面に小さく舞っているものがあります。ぱっと見ると雪のように見えるんですけど、よく見ると星型に作画されているんですね。スマホで見ている人にはわかりにくいと思いますけど、雪ではなく、菌類の宝石なんですよ。

この菌類の宝石がちゃんと作画されているのは、オープニングカットくらいです。それ以外のシーンでは、だいたい雪みたいに描かれています。でも、この映画の中で雪みたいに見えているものがあったら、全部、菌類の胞子なんです。

アバンタイトルの段階で、「そういう目で見てくださいね」という見立てのお願いをしているわけです。

ユパが村の中を歩いていくと、頭の上にある大きな胞子の塊がボンと割れて、中からブシュッ、ブシュッと菌類が吹き出します。両側の膨らみからも、ものすごい勢いで胞子が出てくる。

セリフはまったくありません。何もない砂漠のような場所を歩いていると、向こうに村が見える。しかし、その村は一面、キノコやカビのようなものに覆われている。近づいていくと、さっきまでチラチラ見えていた程度の胞子が、もう村中にあふれて、そこら中に撒き散らされている。

これがもう、いつもの風景なんだな、とわかるんですね。圧倒的な「絵で見せる力」です。

冠をかぶった白骨と「また村が一つ死んだ」

ユパは、村の中を言葉もなく探索して、ある家に入ります。扉の前に大きな飾りがあるので、「ああ、ちょっと偉い人の家なんだな」というのがわかる。

中に入ると、一番奥の部屋まで菌類に覆われています。その奥に、ドクロが見える。ミイラ化した死体で、よく見ると頭に冠をかぶっているんですね。

つまり、「冠をかぶっているから、これは王族だ」とわかる。

一番立派な建物に入り、その一番奥の部屋に、冠をかぶった男が死んでいる。これで、この村の長、おそらく王様か村長か族長のような人までも死んでしまったとわかります。

さらに、その下に一回り小さい白骨があります。これもお揃いの、小ぶりの冠をかぶっている。ということは、これは奥さんか子供だというのがわかるんですね。

同じ冠をかぶった小柄な白骨を抱きしめたまま死んでいる。おそらく、虫が侵入するのが怖くて、抱き合ったまま、胞子の毒、瘴気によって窒息死したんだろうと。

奥さんかもしれないし、子供かもしれない。王族同士が、自分たちの作った家の一番立派な部屋の、隅の隅で、抱き合ったまま死んだ。そのことが一瞬でわかる絵面になっているんですよ。

ユパはそれを見ても、ずっと無言です。そして、生き残りが一人もいないと悟って、初めて「また村が一つ死んだ」と言う。

この「また村が一つ死んだ」というセリフで、「ああ、いつもあることなんだ。この世界では、こうやって一つ一つの村が、次々とカビに覆われて滅びていくんだ」とわかるんですね。

子供の人形が示す、どこにでもあった幸せの喪失

この場面で、ユパが子供の人形を掴み上げようとします。すると、掴み上げている最中に首がもげて、落ちた首がそのまま粉々になって消えてしまう。

つまり、そんな昔の廃墟ではないんです。ただ、あっという間に人形が粉々になってしまうことで、この世界では腐敗が早いとわかる。

そして、その人形を見たところで、さっき抱きかかえられていたのが、たぶん女の子なんだ、王女様なんだ、すごく小さい王女様なんだ、というのがわかるんですね。

どこにでもある幸せ。人形を持っている小さい小さい王女様がいるような、本当に小さい村が滅びてしまった。それは、どこにでもある幸せがなくなってしまったということなんです。

でも、これが初めてではない。この世界を冒険するユパというじいさんにとっては、当たり前の光景なんです。

冒頭で悪に見えた腐海が、ラストでは美しく見える

ここまでの腐海や虫は、絶対の悪として描かれています。人間を脅かすもの。小さな日常、本当に小さい、守りたいような幸せな世界を壊してしまう存在です。

ところが、この映画の根本的な構造は、冒頭では絶対の悪に見えた虫やカビの世界が、ラストでは絶対の悪に見えなくなってしまうことです。むしろ、美しくすら見えてしまう。

見ている側の気持ちがまったく変化してしまう。そこに『風の谷のナウシカ』という映画の根本的な面白さがあります。

巨大産業文明の崩壊と、砂ではない大地

巨大産業文明の崩壊と、砂ではない大地 アニメ版ナウシカの前提 コミック版に描かれた火の七日間

アニメ版ナウシカの前提

ここまで見せたところで、ユパが絶望に覆われながら砂漠の中を歩き、歴史が語られます。

巨大産業文明が崩壊してから1000年。サビとセラミック片に覆われた荒れた大地に、腐った海、腐海と呼ばれる有毒の瘴気を発する菌類の森が広がり、衰退した人間の存在を脅かしていた。

シンプルな説明です。

ここで大事なのは、「サビとセラミック片に覆われた荒れた大地」と書いてあることです。ついつい僕らは、ナウシカの世界を砂漠だと思ってしまうんですけど、これ、砂じゃないんですよ

この世界には、もう砂なんてものはほとんどない。土もほとんどない。大地に見えるものは、錆びたものと、セラミックの細かい欠片しかないんです。

そういう、世界の絶望的な終わりの中を生きている話なんですね。

コミック版に描かれた火の七日間

コミック版では、もう少し長く説明されます。

ユーラシア大陸の西の外れに発生した産業文明は、数百年のうちに全世界に広がり、巨大産業社会を形成するに至った。大地の富を奪い、大気を汚し、生命体をも意のままに作り変える巨大産業文明は、千年後に絶頂期に達し、やがて急激な衰退を迎える。火の七日間と呼ばれる戦争によって都市群は有毒物質を撒き散らして崩壊し、複雑高度化した技術体系は失われ、地表のほとんどは不毛の地と化した。その後、産業文明は再建されることなく、人類は長い黄昏の時代を生きることになった。

ただ、今回はできるだけアニメ版の話に絞ります。

というのは、アニメを作り終えた後の宮崎駿の中で、何回か考え方が変わって、ナウシカの設定自体がずれていくところがあるんですね。だから今回は、後半のずれた設定ではなく、映画を作った時点、単行本で言えばだいたい3巻くらいまでの設定を時々引用しながら、アニメの中の話として見ていきます。

産業社会というのは、イギリスの産業革命のことです。つまり1800年代の産業革命から1000年後、西暦2800年あたりに、僕らの今の文明が頂点を迎え、火の七日間で崩壊してしまった。

そこからさらに1000年後ですから、ナウシカの中で描かれている現在は、だいたい西暦3800年くらいだということになります。

風の谷を守る風の仕組みと、失われたセラミック文明

風の谷を守る風の仕組みと、失われたセラミック文明 虫除けの塔は、風の谷の防衛装置である 風向きと風速を知らせる役割もあったはず セラミック文明の崩壊後、風の谷は石器時代に戻った

虫除けの塔は、風の谷の防衛装置である

王蟲に襲われていたユパは、かつての教え子であるナウシカに救われます。メーヴェに乗ったナウシカから合図されて、ユパはナウシカの成長に驚きながら砂丘の上へ登ります。

すると、そこには奇妙な塔がいっぱい建っています。

これが、虫除けの塔です。

砂丘の上に石造りの塔が建っていて、そこに奇妙な風車がついている。風車がブーンという音を立てています。絵コンテによると、これは虫除けの塔で、風で風車が回転すると、虫にとって嫌な音が発生するという設定になっています。

羽の真ん中あたりには小さな穴が開いています。この羽が回転することで、穴の中を空気が通る。ナウシカが持っている虫笛の、もっと低周波の音が出るわけです。

つまり、腐海から風の谷へ飛んでくる虫を防ぐための塔なんですね。いわゆるモスキートガードみたいなものだと思ってください。

風向きと風速を知らせる役割もあったはず

僕が思うに、この虫除けの塔にはもう一つ役割があったはずです。それは、風の強さや方向を示すことです。

風の谷は、海の方向から吹き上げてくる風によって、腐海から飛んでくる胞子や瘴気、つまり猛毒から守られています。風がすべてなんですよ

風が止まったり、逆向きに吹いたりしたら、村はすぐに滅びてしまう。

宮崎駿自身も、「風は時々違う方向から吹くことがあるので、それなりに生き残る術も仕掛けも彼らは考えています」と書いているんですけど、それが具体的に何なのかは説明していません。

だから僕らは、画面に見せられている材料から、風が逆流した時に彼らがどうやって生き残るのかを読み取る必要があります。

その一つが、この虫除けの塔なんです。

おそらく、この塔にはギアボックスのようなものがあって、回転数が変わるとわかる仕掛けがあったんじゃないか。風向きや風速が変わると、虫除けの音ではなく別の音を発する。あるいは、虫除けの音を出しながら、カチカチ音やもっと高い音を出して、風の谷の耳がいい人に知らせる機能があったんじゃないか。

これは僕の想像です。

ただし、虫除けの塔自体は絵コンテにも書いてある設定です。そこに風向きの警報装置としての意味もあったんじゃないか、という読み取りですね。

セラミック文明の崩壊後、風の谷は石器時代に戻った

この塔は石でできています。

なぜかというと、この世界にはもう鉄なんてものは存在しないからです。映画を作っている最中、宮崎駿は「この世界の砂に見えるものは、すべてセラミックの欠片であって、普通の砂や土地は存在しない」と語っています。

高畑勲はそれを面白がって、「そういう世界で生きている人の話なら、それをちゃんと描いた方がいい。その方がSFになるし、そういう中で生き抜いている人たちを力強く描くことには意味がある」と言った。

ところが宮崎駿は、「そんなの描いている暇ないよ。だって2時間しかないじゃん」と言う。そこで大喧嘩になったわけです。

高畑勲は、「頭の中だけで設定しても意味ないだろう。考えたんだったら描けよ」と言う。宮崎駿は、「それをやっていると、何も描けなくなる」と言う。

後に『おもひでぽろぽろ』で紅花を作るプロセスを永遠に描く高畑勲と、「あんなのを描いても仕方がない」と怒り出す宮崎駿の違いが、もうこの時から出ているんですね。

宮崎駿の頭の中では、この世界の素材は大昔にセラミックに置き換えられています。鉄や木材などの資源は掘り尽くされ、すべてスーパーセラミックに焼き替えられている。

このセラミックは、僕らが考える陶器ではありません。どんな薄さ、どんな強さ、どんな柔らかさも自由自在。色も耐久性も含めて最高の素材だから、誰も他の材料を探そうと思わなくなった。

これは、僕らの石油文明の置き換えなんですね。

かつて150年くらい前まではなかったプラスチックや石油製品が、今では生活のあらゆる場所に入り込んでいる。宮崎駿が考えているのは、それがさらに進化して、すべてがセラミックになった文明です。

ところが、そのセラミックを作る技術が崩壊してしまった。リサイクルもできない。資源はもうない。ただ、セラミックだけが大量に残っている。

だから風の谷にある金具に見えるものや、風車の部品に見えるものも、だいたいはかつてセラミックだった塊から削り出して作ったものです。

掘り出したガンシップや大型船は使える。でも修理する時は、似たようなものをセラミックから削り出すしかない。新たに作ったものが無骨な形をしているのは、鉄や真鍮のような扱いやすい金属が、もうまったくないからです。

つまり、風の谷は一度、石器時代に戻るしかなかった。

虫除けの塔も、セラミックの小石や砕け残ったものを積み上げて作られている。風の谷の建物がレンガや土や石のように見えるものでできているのも、そのためなんです。

ナウシカの飛行と、風の谷の過酷なテーマ

ナウシカの飛行と、風の谷の過酷なテーマ メーヴェの着陸に見える、飛ぶ感覚の作画 さりげなく映る宇宙船の残骸 「父はもう飛べません」が示す、腐海に生きる者の定め

メーヴェの着陸に見える、飛ぶ感覚の作画

ナウシカが「ユパ様」と言って降りてくる場面があります。

ナウシカが乗っているのは、メーヴェというハンググライダーのようなものです。これも大昔の遺産ですね。後に出てくるガンシップと同じく、修理はできるけれど、手作りできない。構造自体も理解できない動力で動いています。大変貴重なものです。

ナウシカはそれを、風を操って非常にうまく乗っています。

着陸する時、一度高度を落としたあと、左側に軽く跳ね上がって高度が上がります。そこから一気に下がってくる。なぜかというと、このままではユパを通り過ぎてしまうので、一度迎え角を取っているんですね。

ユパに対して一度上昇するような感じにして、そこから失速をフォローしながらゆっくり降りてくる。

着陸の時には、速度が落ちて、足を伸ばし、地面にタッチすると膝を沈めて着陸体勢になる。そのままメーヴェを乗り捨てて、一気にダッシュの態勢に入る。腰をかがめて走りながら、マスク、頭巾、ゴーグルを取って、ヒロイン登場です。

「ユパ様!」と走ってくる。この次の画なんて、ナウシカの左手のドアップですから、どれほどの勢いで画面に向かって走ってきているのかわかるんですよね。

本当に無駄がない動きです。作画の鬼みたいなシーンですね。

さりげなく映る宇宙船の残骸

この着地の瞬間には、さりげなくラストの伏線が入っています。

後ろに見えるのは酸の海です。その手前に見えるのが、最後の決戦の時に風の谷の人たち全員が逃げ込む宇宙船の残骸なんですよ。

つまり、このファーストシーンの時点で、もうラストシーンの状況が見せられている。風の谷より少し高い位置にあって、酸の海の近くに宇宙船が放棄されている。そのことを、ちゃんと最初から見せているわけです。

この宇宙船を庵野秀明が絵コンテかレイアウトで見た時、あまりのデザインのダサさに「これじゃあ潜水艦ですよ。もう少し考えませんか」と言ったそうです。でも宮崎駿は相手にしてくれなかった。

宮崎駿は、自分が興味のないものはとことんどうでもいい。あんなにいろんなことをうるさく言うのに、この宇宙船は本当に潜水艦みたいなんですね。

ただ、そういうものでも、一番最初から映像的な伏線として見せることは忘れていない。

「父はもう飛べません」が示す、腐海に生きる者の定め

ユパとナウシカが再会します。

ユパが「ナウシカ、見違えたぞ」と言うと、ナウシカは「1年半ぶりですもの」と答えます。

ユパが「皆に変わりはないか」と聞くと、ナウシカの顔が暗くなる。「どうした?」と聞かれて、ナウシカは「父はもう飛べません」と答える。

ユパが驚いて、「ジルが? 森の毒がそんなに?」と聞くと、ナウシカは「はい。腐海のほとりに生きる者の定めです」と答えます。

ここでわかるのは、ナウシカの父ジルは、映画の最初から寝たきりではあるけれど、昔から寝たきりだったわけではないということです。ユパが1年半前に風の谷にいた時は元気だった。その元気だった人が、たった1年半で寝たきりになってしまった。

それくらい早く、腐海の毒による病気は進行する。

しかも「もう飛べません」と言うくらいだから、ジルさんは1年半前まで飛んでいたわけです。僕がこれに気づいた時、「おいおい、ちょっと待てよ。ジルさんって、もう長年寝たきりだと思ってたけど、1年半前までは飛んでたんだ」と驚いたんですね。

ということは、ナウシカがメーヴェをもらって飛んでいるのも、わりと最近だったのかもしれない。

「腐海に生きる者の定め」というナウシカの悲しげなセリフは、本作のテーマでもあります。

アニメの中では、風の谷は理想郷のように描かれます。押井守さんも、そこはすごく批判しています。まるで理想郷のように見える。

でも、画面に見えない部分では、たった1年半で人間が動けなくなるような、かなり過酷な生活がある。

宮崎駿がやりたかったのは、もともと「砂漠の民」だったそうです。過酷な環境の中で、人間はなぜ生きるのか。水が豊富なところではなく、なぜわざわざ生きにくいところを選んで生きるのか。

宮崎駿の作品に何度も出てくる大テーマは、「支えるに足りる共同体」です。苦労してでも、そこで生きていきたいと思う共同体。

『もののけ姫』のタタラ場は、その典型です。では、風の谷はなぜ支えるに値するのか。父親の命を削る毒の中で、なぜナウシカたちは暮らすのか。

テレビでぼーっと見ていると、「信じ合う仲間がいるから」「平和だから」「自然と一緒に生きているから」と見えてしまう。でも、ナウシカたちにとって風の谷で生きるということは、もっともっと残酷なことなんです。

地形・砂除け棚・祖先の労働が作った風の谷

地形・砂除け棚・祖先の労働が作った風の谷 風の谷は、二つの海に挟まれた場所にある 砂除け棚は、腐海の毒を押し戻す仕組み 怠け者は生きていけないほど過酷な生活 砂除け棚を作った人たちは、早死にしたはず

風の谷は、二つの海に挟まれた場所にある

ユパと再会したナウシカは、ユパ様が来たという良いニュースを父ジルに伝えるため、崖の上から一気にジャンプします。

ここでまた画面の抜けがいい。ずっと砂漠の上で話していたところから、急にナウシカがメーヴェを担いで崖から大ジャンプする。

メーヴェに乗ったナウシカが飛び出すと、下の方にかすかに道が見えています。この崖をずっと向こうへ行くと、明るいところがある。つまり、この渓谷はゆっくり右の方へカーブしているんですね。

風の谷へ行く崖は、実は微妙にカーブしていて、ナウシカはそれに沿って飛んでいる。

その横に見える道は、後でユパが通ることでわかりますが、崖の横に刻まれた、本当に人間一人が通るのがやっとくらいの道です。

風の谷の位置関係は、これまでほとんど画像化されたことがありません。谷の底が見渡せない構造になっています。大きく右の方へ折れているためです。

酸の海は、海抜1000メートルくらいの高さの大地の上にあります。風の谷は、酸の海や腐海のある高地からかなり下がった崖の底、海の近く、海抜0メートルに近いところにある。

この高低差こそが、風の谷の存在そのものなんです。

だから、海が二つ出てくるわけです。

一つは、風の谷の近くにある、潮の海と呼ばれる安全な海。安全と言っても、ナウシカたちはそこで漁業をしていないので、実は海は死んでいる。

もう一つは、谷をどんどん上がって、1000メートル近く上った先にある砂漠の中の酸の海。その向こうに腐海がある。

風の谷は、この二つの海に挟まれた、狭い狭い場所で暮らしているんです。

砂除け棚は、腐海の毒を押し戻す仕組み

ユパは、崖に刻まれた細い道を、鳥馬に乗って降りていきます。足元から砂塵が崖の上の方へ流れていく。

ここで吹いている風は、ただの風ではありません。砂混じりです。酸の海や腐海からの胞子を吹き飛ばすための砂なんです。

谷を降りていくと、ユパの前に巨大な砂除けの棚が現れます。これも絵コンテに解説があります。砂を除けるための棚という意味ですね。

棚の下の方から砂煙が上がっています。腐海の方から降りてくる砂や、海から飛んでくる砂を、一回この棚のような回転する羽で叩き落とす。そして下に溜めて、海からの風で腐海側へ吹き戻す。

これが、風の谷が長年かけて作ったシステムです。

虫除け塔と同じく、塔の材質は石です。羽の部分は木と布でできています。役割は、酸の海から侵入する砂塵を防ぎ、同時に海からの風に乗せて上へ吹き上げることです。

宮崎駿の初期案では、この下に村はあるけれど、村人は全員、村ではなく城の中に住んでいるという設定もありました。

これは、砂除け棚が完成するまで、何かまずいことがあると、気密性の高い城へみんなで逃げ込んでいたということです。風の谷の城が、人口500人の村にしては明らかに大きいのも、全員が何日か逃げ込むことを前提にした大型の宿泊施設、仮宿舎を兼ねていたからなんですね。

その後、砂除け棚が完成したことで、なんとか常に風を吹き戻すことができるようになった。だから初期案の設定は使われなくなったわけです。

怠け者は生きていけないほど過酷な生活

砂除け棚を思いついて完成させるまで、一体何年かかったかわかりません。その頃の風の谷を考えると、本当にゾッとします。

偶然、風が止んだり、風向きが変わったりするだけで、村が全滅してしまう。だから、みんな常に城の近くに住んでいなければならない。

農作業をする時でも、風が変わった瞬間にわかる仕掛けが必要です。虫除けの塔のようなところに風車を置いておいて、カラカラカラ、カチカチカチと音が聞こえた瞬間に、みんなが城に向かって、何もかも放り出して走って隠れなければいけない。

そういう状況の中で、何世代も何世代も暮らしていたわけです。

だから、風の谷の人たちは、風や水を確保するために働くことをまったく惜しまない。

普通にナウシカを見ていると、「宮崎アニメに出てくる村人って、みんな善良で働き者で、ちょっとつまらないな」と思うかもしれません。でも、とんでもないんですよ。

なぜみんな働き者なのかというと、この風の谷では、怠け者は生きていけない。存在することが許されないほどに、貧しくて過酷な生活なんです。

砂除け棚を作った人たちは、早死にしたはず

この巨大な石の塔は、完成したら村を守ります。でも、作っている時は一番危険です。

砂除け棚も塔も、何重にも何重にもあります。それを一番外側から作っていく時、作業する人たちは腐海から飛んでくる一番危険な物質の中で働かなければならない。

ジルですら、安全な風の谷の中にいたのに、わずか1年半で病気が急激に進行して寝たきりになったんです。そんな中で、砂塵にまみれながら働く。

ほとんど、放射能まみれの原子力発電所の事故現場で働くようなことを、何世代も続けないと完成しない。

だから、この砂除け棚を作るために石を積み上げた人たちは、みんな早死にしたはずです。若い頃に死んでいったはずです。

自分たちが早死にすることをわかりきっていて、それでも積み上げ続けた。自分の父親も死んだし、今一緒に手伝っている小さい息子も同じだろう。それでも、自分たちの孫や、その子供たちの寿命を少しでも延ばすために作り続けた。

そういう祖先たちの犠牲の上に、この砂除け棚はできているんです。

だから、ユパはこれを通る時、尊敬の目線で見上げているんですね。

さらっと見ると、「おお、風の谷に来た。久しぶりだ。見事な風除け棚だな」くらいに見える。でも、ユパが見ているのは風景の良さではありません。

かつての人たち、つい数世代前の人たちの働きのおかげで、今もこの村が守られている。そのことへの尊敬なんです。

僕はいつもこのシーンで、めちゃくちゃ胸にグーッときます。

そして、ここは高畑勲が怒ったところでもあるんです。「それを描けよ」と。宮崎駿はわかっているんだから、それを描けよ、と。

でも宮崎駿は、それを描くとストーリーが進まなくなる。ここは、棚板がクルクル回っていて、ユパが見上げているだけでかっこいいじゃないか、と考える。

民衆を描きたい高畑勲と、事件を描きたい宮崎駿。その違いが、ここに見えてしまうんですね。

水と土から見える、風の谷の全体像

水と土から見える、風の谷の全体像 揚水風車とローマ水道 城の地下500メートルから水を引き上げる執念 パノラマでようやく見える風の谷 果樹園の土も、祖先がゼロから作った

揚水風車とローマ水道

砂除け棚を抜けると、揚水風車に着きます。水を上げる風車です。ここで、ようやっと風の谷に入るわけですね。

揚水風車の門をユパが通ると、風車の向こうに砂除け棚が何重にもあるのが見えます。何重もあることによって、村を守っているのがわかる。

ここで回っている風車は、水道のためのものです。下にある水を汲み上げて、上まで持っていくためのものですね。

壁も風車も、すべて石積みです。イングランドの田舎に行くと、レンガよりこういう石造りの建物が多いんですけど、だいたい貧しい土地です。

この石も、普通の岩石ではありません。巨大なセラミックの建築物が倒れて、砕けた後の破片を丁寧により分けて積み上げたものだと思います。

レンガのように同じサイズではないから、一つずつ選び、試しながら積み上げる。いい加減に積んだら崩れますし、何よりこれは水道を扱うものなので、貴重な水がこぼれて地面に染み出してしまう。

だから、石と石の間には、セラミックの埃のような細かい砂をかき集めて、セメントのようなものを作り、固定しているはずです。

壁のように見えるものも、実は壁ではなく巨大なローマ水道です。水を上げて、この壁の中全体に水を溜める仕掛けになっている。

城の地下500メートルから水を引き上げる執念

この風車が汲み上げている水は、地下水ではありません。

風の谷には、城の地下500メートルにしか水源がないんです。その城の地下500メートルから上げた水を、低い位置にある城から、棚田の一段上、一段上、一段上へと、いくつもの風車を使って揚水していく。

そして最終的に、風の谷の高い場所にある貯水池まで持っていくわけです。

この揚水用の風車を抜けると、貯水庫に来ます。巨大な、と言ってもささやかなものなんですけど、ここでユパが鳥馬に水を飲ませています。

人口500人の村としては、この貯水量はかなり恵まれています。貯水庫の位置は、風の谷の最も高い大地です。ここまで水を汲み上げて持ってくる執念が、この貯水池を作り上げたんですね。

池の底には、水を逃がさないために石がタイルのようにぎっしり敷き詰められています。

水を飲むだけのシーンに見えますけど、こういうものは作るのも大変だし、しょっちゅうひび割れたり、水が漏れたりする。水が染み出してしまうので、途方もない手間と時間をかけてメンテナンスしなければならないんです。

パノラマでようやく見える風の谷

貯水池を抜けると、ようやく風の谷です。

ユパがじいさんたちと話しながらゆっくり画面左へ歩いていくと、向こうが明るくなっていきます。そこで、初めて谷の向こうまで見えるパノラマ画面になる。

『風の谷のナウシカ』は、ユパが谷を降りる時に、崖の横の細い道を通り、砂除け棚を見ながら通り抜け、風車の横を通り抜け、貯水池の横を通り抜けて、初めてズワーッと風の谷を見せるんです。

冒頭で風の谷を見せる時、やたらパンが多い。左右のパン、上下のパン。とにかくスケールのある絵を見せようとしているんですね。

風車がどこまでも続き、その遥か向こうにナウシカと父ジルが住んでいる城が見える。周りにはブドウ畑がある。

貯水池を過ぎ、ブドウの果樹園を通り過ぎると、やっと風の谷の前景が見えます。遥か下に、ここからさらに100メートルから200メートルほど低い場所に、族長の住む城がある。

普通、族長というのは見渡せる高い場所に住みたがります。でも風の谷は逆です。谷の上に行くほど腐海からの胞子が危険だから、族長が一番下に住んでいる構造になっているんです。

果樹園の土も、祖先がゼロから作った

ここから見えるおよそ10基ほどの風車は、すべて揚水風車です。

城の地下500メートルにある水源から引き上げた水を、それぞれの風車が棚田の一段上、一段上へ運び、最終的に貯水池まで持っていく。

この風景の中に、自然にできたものは何一つありません

すべて、ナウシカの先祖たちが生き残るために、ゼロから作り上げた土地です。

例えば、果樹園の土。この土もゼロから作りました。

セラミックしかない大地を丁寧により分けて、破滅から残ったわずかな本物の砂や土を、一粒ずつ探すしかないんですよ。これ、本当に。

そうやって一粒ずつかき集めた昔の本当の砂や土を、落ち葉や自分たちの排泄物、有機物と混ぜて、何年もかけてかき混ぜ、寝かせて、本物の土を作った。

これ、架空の話じゃないんですよ。

風の谷は、自然と共存している美しい村に見えるかもしれません。でも実際には、風も、水も、土も、全部、人間が死に物狂いで維持している。

だからこそ、この風の谷では怠け者は生きていけない。存在することが許されないほどに、貧しくて過酷な生活なんです。

王蟲セル画に見る、アニメ制作の職人仕事

王蟲セル画に見る、アニメ制作の職人仕事

動画の最後では、アニメの撮影に使われた王蟲の実際のセル画が紹介されます。

これは、王蟲のセルの試作品と呼ばれているものです。バラバラのパーツになっていて、一つ一つが、塗ったセルを切り抜いて作られています。

セルは裏から直接描きます。だから、ここに見える絵は、表側がどう見えるかを想像しながら裏から塗っていくわけです。なかなかの職人仕事ですね。

塗ったものを一つ一つ切り出して、バラバラのパーツにして、それを組み合わせて王蟲の形にする。

王蟲が襲ってくるシーンで使われた実物のセルでは、下の黒い部分を引っ張ると、中の切り出されたパーツが別々に動きます。これを撮影の時に本当にやって撮るから、王蟲がまるで生きているように見えるわけです。

今回発見されたものは3種類。その中でも最大サイズのものは、王蟲が横向きに移動するシーンのセルです。引っ張ると、王蟲の身体が動く。こういう仕組みで、ナウシカというアニメを作っているんですね。

下には、ゲージと呼ばれる細かい線が引いてあって、セルの位置がどのあたりにあるのか、何ミリ引っ張ればどう動くのかがわかるようになっています。

本来は水平にして、真上から撮影するものです。だから垂直にして見せると少しガタガタしますが、水平にするとスムーズに動く。

昔は、こういうセルが産業廃棄物のように扱われていた時代がありました。アニメ会社としても資金が苦しいので、処理代を払わずに引き取ってもらえるならありがたい、ということでセルを譲り渡す。

中間の会社は、その膨大なセルの中から、使えそうなものと背景を組み合わせ、意味があるものを見つけて、ホッチキスで止め、袋に入れて300円とか500円で売っていた。

そんな時代の中で発見されたのが、『風の谷のナウシカ』のセルなんです。

架空の生物や架空のキャラクターは、現実にイデアのようなものがないから、リアルにしていけば面白くなるとは限らない。王蟲をさらにフィギュアとして進化させるなら、掃除機ロボットと合体させるしかないかなと思います。

ルンバみたいな掃除機ロボットですね。

王蟲が部屋の中をガチャガチャガチャガチャ、手足を動かして這い回って、部屋のゴミを食べてくれる。ベッドの下から王蟲が5匹も6匹もザワザワザワと這い出して、家の中を掃除してくれる。

気持ち悪いんだけど、俺、それだったら買うなと思うんですけど、いかがでしょうか。