※本記事は、YouTube動画の内容をもとに文字起こしを行い、話し言葉や誤変換を整理したうえで、要点が伝わるようにまとめています。
内容理解を目的としており、発言をそのまま再現したものではありません。
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「好きと言われて苦しい」という相談は、表面的には恋愛の悩みに見えますが、本文ではその相談文の言葉づかいや構造の違和感から、相談者が本当に抱えている問題が読み解かれていきます。この記事では、人称代名詞の使い分けに注目した仮説の立て方と、相談の本音をどう整理していくのかを追っています。
あわせて、恋愛の悩みと人間関係の悩みを分けて考える視点や、問題そのものより「悩みのるつぼ化」が人を苦しめるという考え方も整理しています。相談文の読み方から、悩みへの答え方まで見えてくる内容です。
相談文の違和感から見えてくる、本当の悩み

好きと言われて苦しいですね。
20代女性です。私は高校時代からの友人にずっと恋をしています。私が恋を伝えた今でも、時々会って食事をしたり遊んだりしてくれるだけで幸せになります。その人が幸せな時も、私は幸せです。先日、その人から恋人ができたと報告を受けました。その人が幸せを手に入れたことを嬉しく思いました。私が幸せにできたら、もっと嬉しかったでしょう。でも私は、その人が好きな自分が好きなのです。
話は変わるのですが、そんな自分勝手な私のことを好きだと言ってくれる人がいます。彼とは大学で出会いました。一緒に映画や買い物や食事に行きます。他の異性の友人ともそのような付き合い方をしていますから、恋心は私の方には全くなく、彼も友人の一人だと思っていました。しかし彼の側は違ったようで、私が振り向くまで離れる気はないようです。私に好きになってもらえなければ生きる意味がないとまで言います。私は干渉されるのが好きではないため、そんなふうにアピールを受けると、彼が面倒になります。私を苦しめないようにすると言いますが、正直、苦しくて仕方ない。私は彼を嫌いたくはないのに。添い遂げられるわけでもない人を私は好きでいながら、そんなにも私を好きでいてくれる彼を愛せない自分はおかしいのでしょうか。彼を愛せるよう努力すべきなのでしょうか。
という相談です。
この20代の女性が思っていることというか、相談したいことをまとめると、大体この4段階になると思います。高校時代の友人がいまだ好きな20代女性。その人に恋人ができたけど、素直に祝福できた。ところが、自分を好きだという男が現れた。その男がしつこくしつこく言ってくるわけですね。
その意味では、自分とその男は同じ立場なわけです。自分も昔の友人に好きだ好きだと言い続けて、その人に恋人ができたんだけど、それでいいやと思っている。同じように、自分のことを好きだ好きだという男性がいるんだけど、その男性のことは気に食わないし、というか、その人に言われると不安になってきて、つらくなってくる。そんなに自分のことを好きだと言ってくれる彼を愛せない私は変なのか。これが相談です。
人称代名詞の使い分けにある、不自然なポイント
僕は、手っ取り早く言っちゃうと、この相談でいうと、この相談者が同性愛者、レズビアンの人ではないかと思ったんですね。なんでかというと、人称代名詞が違う。すごく注意深く、「高校時代の友人」と書いて、「その人」と書いて、「恋人」と書いている。
もし、この人がレズビアンでなければ、「彼に恋人ができた」「彼に彼女ができた」というふうに書くはずなんですよ。というのは、その次に自分を好きだという男の人を書く時の人称代名詞が、ちゃんと「彼」なんですね。つまり、この人は「彼」「彼女」という言葉と、「その人」という用語を使い分けているんですよ、文章内で。
じゃあ、こういう人称代名詞が混在する人、ごちゃごちゃになっちゃう人というのは、文章が下手な人が多いんですよ。ところが、この女の人は大変クレバーな文章を書いている。言葉の使い方から、この人称代名詞以外の日本語の使い方はほとんど完璧なんですよ。ということは、ここの部分に何か変なことがあるというふうに、僕は考えたんですけども。
僕がこういう読み方をする理由

こういうふうなことを最初からパッと思っちゃうのは、僕が普通の人とちょっと違う見方をしているからなんですね。僕は実は、別に診断を受けたわけではないんですけども、おそらくサイコパスという症状があるんですよ。
サイコパスとは何かというと、反社会的人格と言われます。良心が異常に欠如している。他者に冷淡で共感しない。慢性的に平然と嘘をつく。行動に対する責任が全く取れない。罪悪感が皆無。自尊心が過大で自己中心。口が達者で、表面は魅力的。全部が当てはまるわけではないですけども、自分でも「なるほどね」って思うんですね。この「なるほどね」って思うところが、僕が思うにサイコパスなんですよ。
普通の人は、サイコパスというのが反社会的人格だと思って、こういう診断テストが書いてあったら、それに自分が半分以上当てはまったら、青ざめるんですね。青ざめたり、パニックになったり、否定しようとしたり、落ち込んだり、怒ったり。それが普通の人です。でも、僕は、「なるほどね!」って思うんですよ。それだったら、いろんなことが説明つくよねって思う。
僕は離婚してるんですけども、元奥さんに会った時に、「俺、サイコパスらしいよ!」って嬉しそうに言うと、「今、気がついたの?」って言われて、ちょっとそれはショックだったんですよ。知ってたのかって思って。
それを「性格」と「役に立つか」で分けて考える
この反社会的人格だと言われて、別にへこまないのは何でかっていうと、それはただ単に分類にしか過ぎないと思っているからですね。その自分の反社会的性格が役に立つか立たないかはポイントであって、「お前は反社会的性格のおかげで迷惑をかけてる」って言ったら、これは僕は落ち込むんですよ。
でも、例えばこの中にある「慢性的に平然と嘘をつく」っていうのが、小説家とか漫画家が持っている能力だったらプラスに働くわけですね。社会に貢献するわけですよ。これは、反社会的人格であるってことと、その人が社会の役に立てるかどうかっていうのは、全く関係ないというふうに、一瞬で分けて考えられるんですね。
だから、自分がサイコパスだとわかったらどうするのかというと、恥ずかしがったり、コンプレックスを持ったり、人に隠したりしても、誰も得しない。むしろ、人に言ったほうがいい。でないと、自分がサイコパスの性質を持っているおかげで、みんなに迷惑をかけるかもわからないし、「岡田さん、あんたサイコパスだから、ここに気をつけたほうがいいんだよ!」とか、そういうふうに言ってもらえるわけです。
そこは気がつかないかもだけど、「これ、気をつけたほうがいいよ!」と言われたら、「これは、僕にもメリットがある。得だから、どちらかというと、どんどん言ったほうがいいわけですよ!」と考える。その結果どう思われるのかというのは、「それは、もう知ったことじゃないよ!」と、本当に正直思っちゃうんですよ。
サイコパスの性質は、極端に出る時と出ない時がある
サイコパスは、普通の仕事には無理です。社会生活も失敗しがちだそうです。刑務所に入る場合も多いです。しかし、その性質と仕事が運よく相性が合えば、なかなか成功するんですね。
例えば、サイコパスの代表例と言われているのが、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズです。彼は、学生時代から付き合っていた仲の良かったスタッフでも、たった1つミスをしただけでもクビにするような男で、彼女が妊娠した時も、絶対にその子供を認知しようとせずに、自分でその女の子に名前まで付けているのに、1円も養育費を払おうとしなかったという、そういう男なんですね。
織田信長だったら、残酷だけど信心深い。織田家の菩提寺は守るんですけど、比叡山は平気で焼き討ちする。豊臣秀吉は、人情に弱く人懐っこいと言われているんですけども、自分が年取ってから生まれた子供の悪口を壁に書かれた時は、犯人を見つけて首をノコギリ引きにしました。それくらい残酷なんですね。
サイコパスというのは、一方的に残酷で、同情心がない、という単純なものじゃない。バランスが狂っているんですね。つまり、泣き落としで話されたり、人情に訴えかけられると、人一倍弱いんですよ。ところが、それをされない限り、どんなに冷酷になれるのかという限度がない。訴えかけられない限り、あまり動かない。ところが、訴えかけられるとすごく泣いちゃうから、近くにいる人間は混乱するんですね。
僕は、さっきも言ったように、自分はサイコパスだと思うんですよ。両親が死んだ時も、すごい可愛がってくれた両親なんだけど、ほとんど感情が動かなかったんです。でも、例えば楽屋みたいなところに入って、今から5分、「あんなに両親が自分を可愛がってくれたのに」って自分に言い聞かせると、ボロボロ泣くことができるんですね。
だから、俳優とかを信用しちゃいけないよというのは、彼らはこういう性質を持っているから泣けるんだと思います。自分の中の共感力というのを、ある程度はコントロールできるんですね。普通の人みたいなコントロールはできないんですけど、極端な100%とか0%のコントロールは、割と簡単なんですよ。
相談回答は、まず愛情ではなく仮説で組み立てる

僕に対して、人格的な部分を期待している方が時々いらっしゃるんですね。あんな文章を書くから優しい人だろうとか。違うんですよ。あんな文章を書く前の段階は、徹底的にえぐく、相手の心をえぐって、推理して、書く時に、「どうやったら伝わるかな?」って考えるんです。
書いてみて、半日置いて、「今から愛情を3割振りかけよう!」と決意するんですね。3割ってどれくらいかなと思って、考えて書くと、ちょうど相手のことを思いやっているような文章になるんですけど。
本当にこれは真面目に申し訳ないんですよ。僕に対して人格的な部分を期待して来た、温かい人柄とか書いてくれる人もいるんですけど。それは本当にないんですね。
例えば、僕が相談している人の報われない恋心みたいなものに、全然、かわいそうとか切ないという気持ちになれないんですね。自分は、高校時代の友人を好きな気持ちというのを、こんなに自分で大事にして祝福している。そのくせに、他人が自分を好きだと言ったら、やけに冷たい女だなというふうに、正直思っちゃうんですよね。
相談文の矛盾を、仮説で一本につなぐ
じゃあ、なんでこの人は彼の気持ちにこんなに冷淡なんだろう? なんでこの男の人は、この彼女を好きな人は、自分には気がないとわかっているはずなんですよね。それでも、「諦めないぞ!」と相談に書いているんですから。彼は諦めないと言っているから。いや、なんで諦めないの? 何回も何回も振られて、「それでも好きだ、好きだ。僕は待つよ!」と言っているんですよ。なんで彼は待てるんだろう?と思ったんですね。
そこで、頭の中でカチャカチャと組み上がってきて、「そうか、実はこの女の人は、その彼に、私は実は同性愛の人間で、女が好きだということを言っていないんですね」と。なので、好きな人がいて、諦めきれないというふうに言っているだけなんですよ。好きな男がいるのか?と周りから聞かれた時は、「好きな男はいない!」というふうに、即座に答えられるわけですね。なので、この男の人は、まだ自分にはチャンスがあるというふうに、つい思い込んじゃうわけなんですよ。
だから、その情報を自分から開示さえすれば、自分からオープンにして、「いや、言いにくいんだけど、私、実はこういう性格というか、こういう恋愛傾向を持っている女なの。だから、申し訳ないけど、男のあなたは好きになれないよ」と言ったら、もうこの問題はとっくに解決しているんですけども、そのことを言い出せないので、だんだんそれを自分にまるで言わせようとしている男に対しての苛立ちが出てくるんだというふうに、カタカタカタッと繋がってくるわけですね。
このカタカタカタという繋がりが、「どうやって思いつくのか?」ということだと思うんですけど。どうやって思いつくのかというのは、僕が人間的な部分をあまり持っていないサイコパスだから、純粋に論理だけで探っていけるんです。なので、なかなかこの方法は皆さんは取れないと思います。これは、かなり生来的なものによるものですから。
「余計な前半」がある相談文は、本音を隠している
まるで、この人は何か隠したいことがあるのに、なんでそれを新聞で相談するんだろう。新聞で相談しちゃうから、「その人」と書いたり、「彼」と書いたりする矛盾が出てきちゃうんだけど、何を隠したいんだろう?と。だから、普通の人だったらこうするんだけど、この人は違うなというパターンを見るという、未知の生物を観察するような目で見るようになるんですね。
さっきも話したように、「この人はレズビアンなんだ!」というふうに考えれば、すべての僕の中での辻褄が合うので、なんで彼女が自分を好きだと言ってくれる彼が苦手なのかもわかります。それはなんでかというと、彼がストレート、異性愛者だからですね。男が女を好きになるという、異性愛者でストレートだからです。そうすると、自分の恋愛感情に照れがないんですよ。やましさというか、隠さなきゃいけない部分がないので、堂々と好きだよ、でもいつまでも待つよというふうに言ってきちゃうんですよね。
それが、なんか腹立つというか、逆に自分が抑えておかなきゃいけない、その自分を好きだと言っている男にも隠さなきゃいけないということが、だんだん負担に感じていて、言っちゃえば自分が損している感と言ってもいいですし、劣等感と言ってもいいですし、罪悪感みたいなものを勝手に隠さないといけない。自分を好きだと言っている男に感じさせられている。これが、この男の人に対する冷たさの原因だなというふうに思いました。
ここまでは仮説なんですよ。仮説による理屈立てで。
こういうふうな推理をやった時に、次に検証の方法というのは、もしそうだと考えたら、この相談文はわかりやすくなるかなんですね。そうすると、ものすごく複雑な構造に見えた相談が、自分が同性愛者だということを隠して、その気のない男に言い寄られている、という構造になる。
だって、この高校の時の友人がいまだ好きだ。その人には、もう今、恋人ができた。それを素直に祝福できた自分がいる。実はこれ、相談文に全く関係ないんですよ。実は、この人の相談文は、好きでもない男に言い寄られて、何か鬱陶しい気分になりながらも、その人を愛せない自分は変じゃないかというのが相談文で、前半はいらないんですね。
いらない前半をなんで書いたのかというと、この人が、本当は相談したくて、でも、社会に出せない、人前で言えないことをこっそり書いていたから、前半には丸々、余分なものがついているんですよ。そうなると、この相談文はすべてに繋がっていく。自分が同性愛者だということを隠して、その気のない男に言い寄られている。最近は、それがだんだん不安になってきて、まるで男を愛せない自分が変じゃないか、何か、そこを自分は直した方がいいんじゃないのかと気にさせられてきた。自信がなくなってきたという、結構シンプルな、単純な、人生としては複雑なんですけども、相談文としては単純な相談に因数分解できたわけですね。
実際の回答は、問題を2つに分けて考える

この人が困っているポイントは、自分を肯定しきれなくなってきている。告白する男に断る理由が、そろそろなくなってきた。この2つのみにフォーカスして、回答を書く。
高校時代から好きな人って、女性ですよね。相談の本音は、思い切って男性を好きになるよう努力すべきか、じゃないでしょうか。好きな人の人称代名詞は曖昧にして、言い寄ってくる男性の人称代名詞は「彼」と具体的なので、そう考えました。すると、好きな人のことを添い遂げられるわけもないと、もう決めつけているのも納得できます。
ポイントは、「私は女性が好きだ」という性的な好みの問題と、好きでもない人に言い寄られてしまう、言い寄られてめんどくさいという具体的な問題をごっちゃにしていることじゃないでしょうか。前者はただの好み、つまりあなたの個性です。それに対して後者は人間関係の悩み。分けて考えないと、ただの悩みがるつぼ化しちゃいます。
前者は個性、後者は人間関係の悩み
まず、前者について。好きな人がいて、思いを伝えても否定されず、友人関係が続いて、その人に恋人ができたら祝福できた。理想の片思いという恋愛です。
ところが、あなたの相談文には、好きな人が実は女性ということが全く書かれていません。あなたはカードを伏せたままプレイする、つまり相手に本音を隠して対応する癖があります。なので、言い寄ってくる彼にも、「ごめん、私、男ダメなの」とはっきり言えない。すると、彼は、「じゃあ、待てばいいんだよね」というふうに余計にムキになる。
そこまで面倒な彼なのに、嫌いたくないというのは、彼は悪くない、悪いのは男性が好きになれない自分なんだという無駄な罪悪感があるんじゃないでしょうか。
彼が嫌なのは、彼が「同志」なのにずれているから
報われない恋に準ずるという意味では、彼はあなたと同じ同志です。本当に言えば、仲間なんですね。あなたが彼を嫌なのは、同じような報われない恋愛に対する態度が、あなた自身の潔さに比べて、彼のほうがみっともなく尊敬できないからです。
でも、彼がみっともないのは、あなたの好みを知らないから、いつか報われると信じられているから。だから、彼がみっともない。
言い寄ってくれている彼に対して、真面目に対応するためには、「実は私は……」と打ち明けるしかないでしょう。でないと、「男を好きになれない私がダメなんだ」という、間違っているし、無駄な罪悪感が、ますます膨らむだけだと言えます。
どうしても彼に言えないなら、「ごめん、あなたが嫌になった。もう見るのも嫌」と告げて、この恋愛の悪役を引き受けて、振ってあげてください。
悩みは「問題」そのものではなく、るつぼ化で苦しくなる

さっき、「悩みがるつぼ化しちゃう」と言いました。この人も、ただでさえ具体的な問題を抱えているんですよ。自分が好きだという男がいて、彼を断ってるんだけど、だんだん面倒くさくなって、自分に対する罪悪感があるというのに、それをまた相手に言えない。いつまでも隠さなきゃいけないというのがあったら、どんどん自分自身の悩みが増えていく。
本来だったら高校生くらいの時には、自分が女性を好きだということに、罪悪感までは持ってなかったんですよ。隠してるだけで。ところが、今は罪悪感まで持たされてしまって、余計な悩みを抱えている。僕は、これを無駄な罪悪感というふうに呼んでいるんですけども。
悩みというのは何かというと、単に問題なんですよ。ところが、この問題が増えていくわけです。問題というのは、ひとつで存在しない。問題というのは、ひとつがあると、それが別の問題に繋がって、こっちの問題に繋がって、あっちの問題に繋がって、いっぺんにいろんな問題を考えなければいけなくなってくる。
だから、僕ら普通は、ひとつひとつの問題だったらシンプルに回答を出せるんですよ。複数の問題を考えている時って、僕はこれを脳がジャグリングしていると言います。ジャグリングというのは、お手玉ですね。僕らは、複数の問題をこうやって考えているんですよ。この数が多ければ多いほど、脳に負荷がかかるんですね。この脳に負荷がかかるので、本来だったら、さっさと決められることを何時間でも考えちゃう。このジャグリングのことを、悩みと言います。
僕らが持っている個別の問題は、そんなに複雑ではなくて、ジャグリング状態にハマっちゃうことが多いんですよ。
カーネギーの例で見る、悩みのほどき方
鉄鋼王カーネギーという人が、昔、ものすごい悩んでいて、本当に俺の悩みは数が限りないんですよ。奥さんとの食事の約束もあるのに、会社のこと、プライベートのこと、親戚のこと、保釈金のことまで、本当にいろんな悩みがあったそうです。
もうダメだと思って、有名な黄色い便箋に鉛筆で書き出してやれと思って書いたそうなんです。書く前は500個くらいあるんじゃないかなと思ったら、70個を超えたくらいでピタッと止まった。1つ1つの問題は確かにあるんですけど、書いたら70いくつだった。70以上ないわと思ったら、今日の夜、絶対に決めなきゃいけない問題は、その中に1つもなかったんですね。
彼に必要なのは、問題が70あるという総数を把握して、それがそれぞれ何なのかというのをわかった瞬間に、引き出しにポーンと入れて、奥さんとご飯を食べに行くことだった。これがカーネギーの成功術というふうに言われています。
問題というのは、成功した人でも70くらいあれば、ジャグリングがピークに達して、全くものが考えられない。ところが、一晩で全部書き出したら、ほぼそれで解決しないんですよ。気が済んじゃった。悩みではなくなった。翌日から彼は、その70個の問題を1つずつ潰していったそうです。
中には、何年間も解決できない問題もあるんですけど、それはただ単に解決ができない問題か、もともと解決ができない問題か。例えば、「世界はなぜ戦争をやめられないのか?」というのも、今晩、結論を出さなくてもいいじゃないですか。でも他の問題と一緒に考えていると、「うちの会社の売り上げが下がっている」とか、「若い社員が言うことを聞かなくなっている」とかとリンクしちゃうんですよ。
でも、そんなのを書いた瞬間に、「世界はなんで戦争がなくならないのか?」は、今晩考えなくてもいいよ、となる。逆に言えば、「俺、金があるんだから、金の力で学者を山ほど雇って、なんで世界は平和にならないのかと考える学会を作らせればいいだけじゃん!」と考えて、カーネギーはそこに出資して、学会を作る。若者はなんでこんな愚かなのか。よく考えたら、「俺、金を出して、財団を作って、大学を作って、若者に教育資金を出せばいいだけじゃん!」というふうにやって、パッパッパッと解決していった。
問題はなくならないんですよ。ただ、このジャグリング状態がなくなっている。この手玉状態というのを、僕らは悩みというふうに言います。
悩み相談で答えられることと、答えられないこと

悩みのるつぼに来る相談のかなりの割合は、「他人をどうこうしてほしい?」という問題なんですね。お母さんをどうにかしてほしい。旦那をどうにかしてほしい。子供をどうにかしてほしい。相談する人は困ってます。僕のほうは、できるだけ元気に答えようとします。
この人に対して何か言うことはできるんですけども、この人が思っている心の中の悪いやつ、これをどうにかすることはできないんですよ。例えば、ここで僕がどんな言葉を言ったとしても、その言葉を彼に見せても影響は全くないんですね。この人が問題だと思って僕のところに来れば、なんとかしようはあります。
基本的に悩み相談っていうのは、第三者をどうにかすることは、ほぼ不可能なんですね。なので、第三者に対するあなたの対応を変えましょうとか、もしくは、あなたの考え方を変えましょうとか、こういう戦略を取ったらいいのではないでしょうか、というところまでしか行けない。
とにかく、この人をどうこうしようということは、絶対に考えてはいけないんです。たまに、「この人をどうにかしてあげられないの?」というのはすごく多いんですけど、原理的に不可能なんですね。だから、占い師も絶対にそういう問題には答えません。あなたはどういうふうにするべきかというのしか答えてくれずに、この人をどういうふうに仕向けるのかという方法はないんですね。
方法がないからこそ、心理操作とか、メンタリストとか、悪の心理学とか、他人をコントロールする本というのが爆発的に売れるんですよ。そんな方法が本来ないのに、あるように見せかけて商売するというやり口が、この世の中には満員です。それぐらい、第三者をどうにかしたいという悩みは多い。でも、それに関しては実はあまり答えられない。
回答不能な相談のパターン
回答不能な相談文のパターンというのがあります。
- まず、相談がない。結構あります。いろいろ書いているんだけども、実は困っていることがない。「これでいいんでしょうか」って書いてあるけど、「これでいいんでしょうか」と思ってない。これね、すごく多いです。
- 2番目が、さっき言った、他人をどうにかしようとする相談。
あと、本来解けない相談っていうのがあるんです。例えば、中学生ぐらいの男の子が、同い年ぐらいの女優かアイドルみたいな俳優さんをすごい好きになって、彼女は今、中学生で、女優をやって忙しいから恋愛してる暇はないと思う。でも彼女はどんどん綺麗になって、これからいろんなイケメン俳優との出会いの場があるはずだ。早く彼女と付き合わないと、チャンスがなくなってしまう。彼は、「僕は、あと半年で高校受験を控えて忙しくなるので、それまでにどうするのか教えてください」って書いてあったんですよ。
これは、本来無理なんですよ。まず、人間というのは、見える範囲の手近でしか恋愛しない。社内恋愛とか、クラス内恋愛とか、サークル内恋愛があるのはそういうことです。いや、違う、俺はテレビでしか出会えない彼女のことが好きになったぞ、というなら、それはあなたにとっての近場がテレビだったからだよ。クラスよりテレビの方が近場という人生を生きているから、テレビの中の女の子が好きになっちゃう。もう簡単な話で、人間はその近場にいる人しか好きにならない。
なので、その女優さんが、もし自分のファンしか好きにならないという変わった性格であれば、君にもチャンスはあるんだけども、そうじゃない。その女の子はその女の子で、自分の職場関係という、その俳優さん同士の恋愛関係の中で、たぶん彼氏を見つけるはずだと。だから、もしこの問題をどうにかしたかったら、本当はあなたの近場を変えるしかないよ、というのが回答なんですけども。
こういう、本来解けない相談というのはあるんです。「人類はどうやれば戦争をなくすのか」もそうなんですよ。「男と女は分かり合えないのでしょうか」もそうですし、「なぜ男は浮気するのでしょうか」もそうなんですけども、すべてそれは解決不能問題なんですね。
解決不能問題を持ってこられると、最終的には、あらゆる新聞の回答者は、どう言ってごまかすかしかないんですよ。どう言ってこの人の怒りをなだめるのかという。たぶん、「なんで男は浮気をやめないんですか」という人は、人類の男に怒っているのではなくて、たまたま自分が出会った何人かの男の行動に怒って、それをすべてまとめて言っているのであって。この怒りを、その人のプライベートな問題のところまで落としていくと、ようやっと神様の怒りが静まって、会話可能な状態になるわけですね。
なので、この本来解けない悩みというのを、その人の実は本音の部分のところまでダウンサイズしないと、なかなか難しい部分があるんです。
OTAKING / Toshio Okadaをもっと知りたい方へ
まずはここから。
岡田斗司夫ゼミの無料・限定・プレミアムの違いを、はじめての方にもわかりやすくまとめています。
元動画はこちら
こちらが、今回の記事の元になったYouTube動画です。
要点だけでは伝えきれない話し方や空気感もありますので、
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