OTAKING / Toshio Okada

千と千尋の神隠しは何を描いたのか?油屋とジブリ、ハクの正体、家族の秘密を整理

※本記事は、YouTube動画の内容をもとに文字起こしを行い、話し言葉や誤変換を整理したうえで、要点が伝わるようにまとめています。
内容理解を目的としており、発言をそのまま再現したものではありません。
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『千と千尋の神隠し』後編では、前編で残った謎をもとに、油屋の意味、ハクの正体、そして千尋の両親にある違和感を順に読み解いています。

特に、油屋を風俗産業の比喩として見る通説ではなく、ジブリやアニメスタジオそのものを映した存在として捉える見方や、ハクを「琥珀川の神様」だけでは説明しきれない理由を、作中の絵や出来事の配置から考察しているのが特徴です。

あわせて、お母さんの冷たさが何を示しているのかまで含めて、『千と千尋の神隠し』をセリフではなく構造で読む視点を整理した内容です。

『千と千尋の神隠し』後編で解く9つの謎

こんばんは、岡田斗司夫チャンネルアップグレード動画の時間です。

1年に1度、「映画館でジブリを。」というキャンペーンで、全国の映画館で今、過去のジブリ作品が上映されています。上映作品は、『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』、そして『ゲド戦記』の4作品です。

岡田斗司夫チャンネルでも、この「映画館でジブリ」キャンペーンに合わせて、それぞれの作品の解説動画を上げてきたんですけども、前編だけアップすると「後編も見たい」というリクエストがかなり多い。なので、思い切って後編もアップグレードして出してみようと思います。

今日はその第一弾として、『千と千尋の神隠し』の後編です。

僕はこの『千と千尋』という映画を解説するにあたって、この作品には14の謎があると考えて、それを一つずつ解き明かすという方法を取りました。前編を見ている方はわかると思うんですけど、2時間近く話して説明できた謎がたったの4つだったんですね。ということで今回の後編では、残りを一気にやります。実際には整理して9つにまとめたんですけど、その9つの謎を話していこうと思います。今回でちゃんと全部の謎に答えが出るので、安心してください。

無料部分では、まず油屋とジブリの謎を話します。『千と千尋の神隠し』はキャバクラとか風俗産業をモデルにしている、そういう映画だと書いているブログもあるし、そう解説している映画評論家もいるんですけど、これ本当なのか。千尋が働くことになる油屋という不思議なお店を徹底的に分析すると、ちょっと違うものが見えてくるので、なんでそんな噂が発生したのか、実際はどうなのかという話をしていきます。

2つ目はハクの謎です。映画の中で何度も千尋を助けてくれる謎の美少年、ハク。劇中では、彼は琥珀川の神様で、本名はニギハヤミコハクヌシだという説明になっているんですけど、それにしては辻褄の合わない出来事がいくつもある。宮崎駿はセリフより絵を信じる、絵よりその中で起きた出来事を見る作家なので、彼の正体とは何だったのかを、作品構造の中から説明していきます。

そして無料部分の最後が、両親の謎です。冒頭に出てくる千尋の両親、特にお母さんは、千尋に対してなぜかちょっと冷たい。これが何なのかを、ハクの正体を踏まえて、あの一家の秘密として推察していこうと思います。

前回までのおさらいと、今回の進め方

前回は『千と千尋の神隠し』の冒頭16分をかなり細かく話しました。街全体の構造図も見ながら、あの不思議な街が神様と人間の世界のあいだにある場所で、しかも現実とは時間の流れ方が違う、いわば現実の10分の1の速度で時間が流れる世界なんだ、という話をしました。

さらに湯婆婆の謎として、彼女は『もののけ姫』のエボシのなれの果てのような存在であり、同時に鈴木敏夫や宮崎駿自身のなれの果てでもある、という話もしました。昔は理想があったのに、歳を取るにつれて暴君になってしまう。その姿を湯婆婆の中に入れているんだ、という話ですね。

そしてストーリーの謎として、『雪の女王』『霧のむこうのふしぎな町』『ハリー・ポッター』との共通点も話したし、神隠しの謎としては『銀河鉄道の夜』のコールサック星雲、石炭袋、暗黒物質、時空の歪みといった話も有料枠でしました。

今回はそれらを踏まえたうえで、残りの謎を整理して進めます。まとめによって数は減らしましたけど、内容は全く減っておりません。ここから油屋とジブリの謎に入っていきます。

油屋とジブリの謎

油屋の建築は、擬洋風というメッセージになっている

千尋が働くことになる油屋のイメージボードを見ると、壮大な和風建築みたいに見えます。ところが、よく見ると下半分はコンクリートでできている。上半分も豪華に見えるんですけど、豪華なのは主に湯婆婆のペントハウスなんですね。言ってしまえば、昔の帆船の船長室とか、『宇宙海賊キャプテンハーロック』の艦長室みたいなもので、艦長室だけやたら豪華なんです。

客が飲んだり遊んだりする場所は、実はかなり狭い範囲に限られていて、それ以外の豪華な部分の多くは湯婆婆のための空間です。しかも初期案では、便所まで描かれている。横から見た構造図を見ると、下にボイラーハウスがあって、1階に番台と風呂場、2階は吹き抜け、3階4階に客室、裏側に従業員の宿舎、そして5階以上が湯婆婆のペントハウスになっている。

宮崎駿はこの建物を「擬洋風」と呼んでいます。擬洋風というのは建築用語で、西洋建築の技術を取り入れつつ、見よう見まねで和の感覚を乗せて作られた、明治時代によくあった建物のことです。つまり、純粋な和風でもなければ、純粋な洋風でもない。コンクリートの上に和風を乗せた、ある種の“偽物”なんですね。

ここに宮崎駿の強烈なメッセージがある。アニメーションという技術そのものが、彼にとっては擬洋風なんです。ディズニーをはじめとする西洋が始めた芸術に、日本のセンスを乗っけたものが日本のアニメーションなんだ、と。宮崎駿がよく「所詮こんなもんだ」と言う時、その感覚の中にこの擬洋風という言葉があるんですね。

だからこの油屋は、単なる不思議な建物ではない。『もののけ姫』そのものでもあり、スタジオジブリそのものでもあるんです。室町時代を描こうが、縄文を描こうが、神話を描こうが、所詮は西洋の映画文法とアニメーション技法の上でやっている。油屋の建築自体が、その自己皮肉になっているわけです。

油屋は風俗ではなく、ジブリとアニメスタジオの比喩である

当時のジブリは、『もののけ姫』の時のトラブルもあって大量にアニメーターが辞め、一時期は女性の新入社員がすごく多かった。女の子ばかり集めて、何を作るのかというと、湯婆婆、すなわち鈴木敏夫プロデューサーが「ヒットさせろ」と命じるわけですね。

巨大になってしまったアニメスタジオを維持するには、観客の欲望を満たすような作品を作り続けなければならない。お客様は神様で、その神様たちの機嫌を取るような、面白いアニメをひたすら作り続ける。それが俺たちの仕事じゃないか。つまり油屋というのは、神様相手に垢を落として気持ちよくなって帰ってもらう場所であると同時に、観客に映画でさっぱりして帰ってもらう映画館やアニメスタジオの比喩でもあるんです。

『千と千尋』の裏テーマの一つは、当時の金儲けに走っていたジブリへの批判です。アンチ鈴木敏夫作品でもある。ところが、これをそのまま出してしまうとあまりにも内輪の話になる。そこで「油屋は風俗産業だ」というキャッチーなフレーズが生まれるわけですね。

風俗説が広まったのは、鈴木敏夫の宣伝術があったから

『千と千尋』が風俗産業やキャバクラを描いた映画だ、という説のきっかけは、鈴木敏夫のインタビューにあります。もともとコミュ障みたいな、人と話せない女の子がキャバクラで働くうちに、お客さんと話せるようになる。それを聞いた宮崎駿が、「いや、俺らのジブリも似たようなもんだね」と言った。地方から来て、絵しか描けない、アニメしか興味がないような若い人たちが集まってきて、仕事をするうちに人と話せるようになっていく、と。

本来はそれだけの話なんですよ。ところが、「今の日本はまるでキャバクラ風俗だ」「ジブリが今回それをテーマにする」と言えば、マスコミが飛びつく。鈴木敏夫は、作品の本質をキャッチーに、少し歪めて宣伝するのがすごくうまいんですね。

『かぐや姫の物語』でも「かぐや姫の罪と罰」と宣伝して高畑勲と大喧嘩したし、『もののけ姫』でも宮崎駿が考えていた「アシタカせっ記」という軸を押し流してしまった。『ゲド戦記』でも親子喧嘩や父殺しという週刊誌的な話題で注目を集めようとした。そういう宣伝手法の延長線上に、『千と千尋』の風俗説もあるわけです。

僕自身も、つい最近までこれに騙されていました。『千と千尋』はすごい作品だと思うけど、あんまり好きな作品ではないので、つい「テーマは風俗でしょ」と思っていた。でも、ちゃんと見直すと違うんですね。

千尋のモデルと、宮崎駿の私小説としての『千と千尋』

宮崎駿は、自分が知らないものを作らない人です。だから、風俗を真正面から描くとは考えにくい。実際、ジブリの検閲が入りにくかった『千と千尋の大冒険』のような資料では、もっと露骨にジブリ内部の話が語られているんですね。

例えば、どうして男たちはカエルなのか。徳間書店の社長の葬式に来た背広姿の偉い人たちが、宮崎駿にはみんなカエルに見えたからです。総理大臣も来ていたそうですが、そういうスーツ組、お金を儲けようとしてジブリの周辺にいる人たちがカエルに見えた。一方で、アニメーター側は虫キャラ扱いになる。女の子がナメクジみたいな虫キャラで描かれるのも、その感覚の延長線上にある。

ジブリは理不尽で重労働だ、と宮崎駿自身が言っている。その場所を舞台に、小さな女の子が無理やり働かされる話をやりたかった。しかも千尋にはモデルがいる。日本テレビの奥田誠治さんの娘さんですね。宮崎駿は「あの親のもとでまっすぐ育つとは思えない」とまで言い出して、その子をジブリみたいな場所に連れてきたら、もっとまともに育つんじゃないかという発想で物語の根本行動ができていく。

すると、食べ物につられて豚になってしまう両親は、お金や仕事のためにジブリや宮崎駿にホイホイ近づくビジネスマンの比喩になる。その娘が、ジブリのような重労働で理不尽な場所に連れてこられて、そこで働かされる。それが『千と千尋』のベースなんです。

ここまで来ると、この作品は宮崎駿の私小説なんですよ。徹底的に宮崎駿による、宮崎駿のためのアニメになっている。もともとは10歳の娘に向けたアニメだったはずが、いつの間にか自分のためのアニメになってしまった。同時期の『On Your Mark』もそうですけど、この時期から宮崎駿は、自分にしかわからない話を作るようになる。

でも、その自分にしかわからない話が、禍々しい深みになっていく。しかも一般にヒットさせたいという思いも、手練手管も、アイデアもある。だから、作家性の強い私小説でありながら、メガヒットしてしまう。そういう異様な作品なんですね。

おにぎりは、欲望の肯定と金儲けの肯定のメタファー

油屋=ジブリというベースの上に、宮崎駿はどんどん面白いものを乗せていく。言ってしまえば、コンクリートの構造の上にどんな装飾を乗せるか、という話です。

その中で重要なのが、おにぎりのシーンです。千尋は最初から欲望がない子なんですね。痩せっぽちで、食欲もあまりない。両親に「食べなさい」と言われても「私いらない」と言う。あれが普段の千尋なんです。ところが、ハクに勧められて初めておにぎりを食べた時、自分がどれだけお腹を空かせていたのかに気づく。

これは、宮崎駿自身がこの時期に自分の欲望を肯定し始めたことと重なっている。本人はずっと「俺は金のためにやってるんじゃない」「ヒットのためじゃない」と言ってきた。けれど、現実にはお金がないとアニメーターに給料も払えないし、スタジオも維持できないし、ジブリ美術館だって作れない。金儲けを嫌悪し、軽蔑していたはずなのに、その金がないと自分のやりたいことができないんです。

だから、千尋がおにぎりを両手でむさぼるシーンは、単なる感動シーンじゃない。欲望を肯定する、生きるために必要なものを肯定するシーンなんです。

それが極端な形で出るのが、おにぎりフィギュアですね。DVD特典として白いおにぎりのフィギュアがついた。宮崎駿は、本来は作品をビデオやDVDで売ることにも反対だったし、おまけのフィギュアなんてもってのほかだった。映画は映画館で一生に一回見る体験であるべきだ、と考えていた人ですから。

それでも最終的に、それに加担することを決意する。その時に選んだのが、おにぎりなんです。これは、金儲けに加担することを決意した宮崎駿なりの、精一杯のメッセージなんですね。千尋が欲望を肯定して、おにぎりを汚く頬張ることで生きる力を発見したのと同じように、自分もまた、否定してきた欲望や金の力を、どこかで肯定せざるを得なくなった。そういう話なんです。

ハクの謎

ハクは、少女漫画的な「不良少年」としてデザインされている

ハクというキャラクターを、まず物語の構造の中で見ると、女の子から見た不良少年なんですね。強い大人に命じられて外の世界で悪いことをし、血まみれになって帰ってくる。でも、そんな怖い人なのに、私だけには優しい。これはもう、少女漫画のヒーローそのものです。『ホットロード』とか『BANANA FISH』とか、ああいう系譜ですね。

だから、ハクと千尋の関係は、単純な神様と少女ではない。まずデザインとして、少女が心を寄せる相手、あるいは彼氏設定として置かれているわけです。

セリフではなく絵で見ると、ハクは「川の神様」だけでは辻褄が合わない

ハクは「そなたの小さい時から知っている」と言います。そして、自分の名前は忘れてしまったのに、千尋のことだけは覚えていたとも言う。セリフどおりに受け取れば、琥珀川の神様が子供の千尋を助けた、という話になります。けれど、それだけでは辻褄が合わないんですね。

なぜ一度助けただけの相手に対して、「小さい時から知っている」と言うのか。なぜ自分の名前は忘れても、千尋だけは覚えているのか。なぜ釜爺が「愛じゃ!」と、あそこまではっきり断言するのか。これまでの宮崎アニメの文法からすると、ああいう言い方はかなり異質です。

『銀河鉄道の夜』との重なりが、ハクの正体を示している

ここで重要なのが、『銀河鉄道の夜』との関係です。宮崎駿は、自分の中でいつか『銀河鉄道の夜』をやらなければいけないと思っていた、今回それに応えられた、と語っています。テーマは「自分が生きているのは、誰かが自分のために生きてくれたからだ」ということなんですね。

実際、『千と千尋』には『銀河鉄道の夜』を思わせる構図がいくつもあります。海原電鉄のシーンはもちろん、もっと深いところで、濡れた身体、靴、水、そして“誰かのために命を捧げた存在”というテーマが重なっている。

宮崎駿が久石譲に送ったイメージ歌詞にも、

  • 「私の靴がゆっくり流れていく」
  • 「私のために生きてくれた誰か」

という、不穏で意味深なフレーズが出てくる。

『銀河鉄道の夜』では、カンパネルラは友達を助けるために川に落ちて死ぬ。全身ずぶ濡れで列車に現れる。そしてその死は、自己犠牲による他者の救済として描かれる。宮崎駿がずっと描きたかったテーマは、まさにそこなんです。

ハクは、千尋の死んだ兄なのではないか

物語のラスト近く、千尋が過去を思い出すシーンがあります。水しぶきが上がり、子供の手が伸びていく。でも絵コンテでは、そこが「千尋の手」ではなく「子供の手」と書かれている。さらに、思い出す側の千尋は裸なんですね。つまり、川に落ちた幼い千尋は裸で、手を伸ばしていたのは別の子供なんです。

ここから導かれるのが、ハクは千尋の死んだお兄さんではないか、という仮説です。

千尋は靴を流したのではなく、川に落ちた。それを助けようとして、お兄さんが手を伸ばし、代わりに流されて帰ってこなかった。そのお兄さんは、人のために命を捧げたので、その川で神様になれた。そう考えると、いろんなことに辻褄が合うんですね。

ハクが「小さい時から知っている」と言うことも、自分の名前は忘れても千尋のことだけは覚えていることも、釜爺が「愛の力だ」と断言することも。あれは恋愛ではなく兄弟愛だと考えた方が、むしろ自然なんです。

千尋自身はそのことを覚えていない。母親からは「川で溺れかけたことがある」とだけ聞かされていて、お兄さんがいたことも、自分のせいで死んだことも知らされていない。だから記憶がずれている。ハクの側も、それを言えば千尋を傷つけるから言わないのかもしれないし、自分でも完全には気づいていないのかもしれない。

そして、琥珀川が「埋もれてしまった」というのも、ただの都市開発の話ではなく、埋葬のメタファーとして読める。ハクはまだ完全な神様ではない。千尋に見えてしまっているからです。この世界の神様は、本来、人間には簡単に見えない。夜になり、明かりがつき、油屋に近づいて初めて姿を現す。なのにハクは最初から千尋に見えている。だから彼は、まだ“神になりかけている存在”なんですね。

両親の謎

お母さんだけが、千尋に対して妙に冷たい

映画冒頭をよく見ると、千尋のお母さんはかなり不自然です。千尋が「後ろの建物が風で唸っている」と言っても、お母さんは「風で唸ってるだけでしょ?」と言いながら、千尋の顔を見ない。そのまま千尋がずっと話しかけているのに、気持ちのいいところで「車のサンドイッチ持ってくればよかった?」とお父さんに向かって話し始める。

千尋はずっと母親の注意を引こうとしているんですけど、お母さんはほとんど顔を見ない。一方で、お父さんはちゃんと千尋の目を見て会話している。態度の差がありすぎるんですね。

しかも、お母さん自身は危ない岩場で「キャー」と言ってお父さんに抱きつくのに、千尋には「気を付けなさい!」と冷たく言うだけ。この違和感は、多くの人がなんとなく感じているはずです。

その違和感は、「長男を失った家族」という前提で読むとつながる

もしハクが千尋の死んだ兄だとすると、お母さんの態度の冷たさにも理由ができるんですね。意識の上では、千尋をちゃんと大事にしているし、息子が死んだのは娘のせいではないとわかっている。わかっているんだけど、無意識のところで、長男を失ったことが千尋に結びついてしまっている。だから、顔を見ない、声が冷たい、という態度に出てしまう。

ハクは千尋のお兄さんで、両親はその長男を失ったことを隠している。そう考えると、なぜお母さんがあれほど不自然に冷たいのか、なぜハクが昔から千尋を知っているのか、なぜそれを作中ではっきり説明しないのか、全部が一つの線でつながってくるんです。

もしハクが本人の言う通りただの神様なら、一番最初から千尋に見えているはずがない。この世界では神様は人間に見えない存在で、夜になって盛り場みたいな場所に来てから実体化する。だから、ハクは単純な意味での神様ではない。琥珀川の主というのも、まだ“なりかけ”の状態なんです。

そう考えると、この映画全体の辻褄がようやく合ってくる。画面の中ではっきり見せているのに、セリフでは語らないことがいっぱいある。宮崎駿は、そこをセリフで説明する作家じゃないんですね。絵と出来事の配置で語る。その見方に切り替えると、ハクの謎も、両親の謎も、一気に別のものとして見えてくるんです。

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こちらが、今回の記事の元になったYouTube動画です。
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